夢魔の光・女神の闇

第12話

 妙な奴が次々と。


 それよりもサラが言ったこと。

 どういうことなんだ、出会う形を変えるって。

 紗羅は心の底からサラを愛している。だから生まれ変わりを……サラとの再会を望んだのに。


「サラ、君は何を」

「言ったでしょう? ここまでだと」


 カナメの呆れたような声とあとずさるサラ。

 僕の顎に触れたカナメの手。顔を覗き込む深紅の目が怪しい光を放つ。


「そんな顔をしなくていい、サラの考えはすぐにわかるのだから。この夢は終わりよ。目覚めなさい、螺子」





 見えるのは白い天井と、僕を見ている紗羅。

 僕を包む甘い匂い、ミルクが入ったお茶だ。


「起きたか、随分と長い眠りだった」

「お前、ずっとここに?」

「何度かルイスに変わってもらっている。人の世界ではそうだな……二日ほど、お前は眠り続けていた」


 二日か。

 もっと長く夢の中にいたように思う。

 夢魔……カナメと名乗った女。

 夢の中、僕が見ていたサラ達の過去。見せていたのがカナメだったとしたら。


「大丈夫か? ルイスを呼ぼう」


 僕の頬をなぞり紗羅は離れていく。

 うしろ姿を見ながら思う。


 城に閉じ込められる中。

 サラはどれほど、彼の名を呼びたかったことだろう。

 サラへの嫉妬が薄れた訳じゃない、サラの代わりなんてごめんだ。

 それでも、僕がサラの立場だったなら——


「……カイト」


 足を止め、振り向いた紗羅の驚いた顔。


「何故、その名を?」

「夢の中でサラの過去を知った。その中で……お前の本当の名も」

「捨て忘れた名だ。二度と呼ぶな」

「サラが呼びたがってもか? 彼女にとってお前は」

「サラを助けなかった男の名だ。もう一度言う……二度と呼ぶな」


 静かに開けられたドアと、背中から感じ取る過去への憤り。どんなに時が流れても……紗羅の悔いに終わりはないのか。

 だからこそ、男の僕ですら愛そうとする。

 二十歳まで生きられない、いつ死ぬかわからない僕を。


 手にしたティーカップ。

 紗羅が残した飲みかけのお茶。


 喉の乾きと想像する紗羅の唇の感触。

 触れられた頬が、熱さを帯びていく。


 僕の初恋は小さな頃、相手は近くに住んでいた同じ歳の女の子。可愛くて明るくて、話せるようになりたいって思ってた。あの時の気持ちは甘酸っぱくてくすぐったいものだったのに。


 僕が今抱く気持ちは、締めつけられるような苦しさだ。

 女に生まれていたらどれだけ楽だったろう。

 紗羅と肌を重ねれば、苦しみを悦びに変えていけるのに。サラを意識しながらも、彼のすべてを受け入れる。

 命尽きるまで……何度でも。


 口をつけかけて、壁に投げつけたティーカップ。

 砕けた破片と床を濡らすお茶。


 考えるだけ無駄だ。

 男として僕は生まれた。

 どう足掻こうと現実を変えることは出来ない。男の僕が……女のように体を委ねるなんて無理だ。

 心がどれだけ、紗羅を求めたとしても。


「螺子、大丈夫なの?」


 部屋に入るなり、近づいてきたルイス。

 彼女の顔に重なるルイの残像。

 安堵が僕の中を巡る。ルイスがいる限り、僕は僕でいられるんだ。


「心配かけてごめん。紗羅は?」

「厨房に向かったわ。螺子が食べたそうなものを聞かれたの。スープって言ったけどそれでよかった?」

「うん。食欲がないんだ、沢山のものは食べられない」

「そう」


 ベッドの上、僕の隣にルイスは座り込む。


「ルイスはまだ見続けてる? 砂礫世界の夢」

「この世界に来てからは何も」

「僕と同じだ。たぶん……見る必要が無くなったから」

「どういうこと?」

「それは」


 話そうとして思いだした。

 この世界に来る前に、紗羅がルイスに言っていたことを。


 ——君は特別だ。


 紗羅は気づいてたんだろうか、ルイスがサラの子供の生まれ変わりだと。あるいはセレスから告げられたのか。僕との繋がりを知っていたから、ルイスがこの世界に来ることを許したんじゃ。


「螺子?」

「ごめん、悪い癖だな。話しながら黙り込むの。わかったんだよ、ルイス。砂礫世界がなんだったのか……見ていた夢の中で」


 銀縁眼鏡をかけ直し、ルイスは興味深げに僕を見る。


「僕はサラの生まれ変わりだ。姫君と謳われた少女、彼女は子供を産んですぐに死んだ。子供の名前はルイ、サラを慕う男の子だった。ルイは壊れた城の中、砂に飲まれて死んだ。……ルイスは、ルイの生まれ変わりだったんだよ」

「それじゃあ、私が螺子を守ろうとしてるのは」

「ルイの想いを引き継いでるんだと思う。いつかの未来、巡り会えたサラを守る夢。話を聞くだけじゃ……信じられないだろうけど」

「想像は出来るわ。ルイは死ぬまでの日々、いろんなことを考えたんじゃないかしら。お母さんが作る料理や手の温かさ、お母さんが生きていたらどんなことを話せたのかを」


 ルイスは微笑み、僕にもたれかかってきた。子供が母親にしてみたかったことをするように。

 ルイスに顔を寄せるなり開いたドア。僕に向けられた紗羅の目と『まったく』と呟いた声。


「相変わらず、ルイスにだけ心を許してる状況か」


 ふてくされた紗羅の顔。


「スープが出来たのね、螺子の口に合えばいいけど」

「螺子、サラの過去を知ったと言ったな。そのことで話をしようじゃないか。セレスを交えてな」


 グルル……


『来い』とでも言うように鳴いたロイド。

 ルイスに支えられながら紗羅のあとを追う。

 向かうのはあの部屋か、紺碧の宇宙そらが見える透明な部屋。待っているのはセレスの魂を閉じ込めた水晶の人形。


「そういえば」


 僕の呟きに足を止めた紗羅。


「なんだ? 僕のことで何か」

「違うよ、セレスのこと」


 僕の返答に、紗羅はあからさまに不機嫌になる。足早に僕達から離れ、セレスが待つ部屋へと向かっていく。紗羅の反応をルイスはどう思ってるだろう。


「ルイス、今の紗羅だけどさ」

「何?」

「その……変だと思わなかった?」

「いつもどおりだと思うけど、どうして?」

「なんでもない。ごめん、変なこと聞いて」


 賢い人なのに、意外と鈍いんだなルイスってば。

 これから先、僕と紗羅の気持ちに気づかないままなのか? 普通の感覚なら男同士で想い合うなんてありえない。気づかずにいてくれるならそれに越したことはないんだけど。


「ルイス、セレスのことなんだけど聞いてくれるかな」

「うん」


 紗羅のことばっかりで考えていなかった。

 セレスの魂が、人形の中で生きているのは何故なのか。


「夢の中、セレスと紗羅が出会うのを見た。新月の光の中、死にかけの紗羅の元へセレスは舞い降りたんだ。真っ白な体で翼を持っていた。それなのに」

「そういえば不思議ね、魂が人形の中にいるなんて」

「何があったんだろう、紗羅が……セレスと同化してから」


 紗羅が開けた扉。

 部屋を囲い見える紺碧の宇宙そらと水晶の人形。

 テーブルに並ぶ四人分のスープ。


「肉を多めに入れた。味は保証しない、不味かったら遠慮なく残せ」

「食べきるよ、母さんから言われてるんだ。食べるものは粗末にするなって」


 紗羅とルイスが向き合い、僕は人形セレスと向き合って座る。

 人形の深紅の目がキラリと輝いた。

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