新月の邂逅
第4話
ダリアは頭でも打ったのか。
ここ数日、信じられないことが続いている。
ルイスとふたり、親子が向き合う食事の席。そこに僕を呼ぶようになった。与えられる食事もダリア達と同じ豪勢なもの。ルイスの口添えかと思ったけどそうじゃない。ダリアの変化に驚いてるのはルイスも同じだった。
「どうしたのかしらお母さん。変なもの食べてなきゃいいけど」
ダリアが席を離れるたびに首をかしげるルイス。
今もそうだ。
昼とは思えないご馳走がテーブルいっぱいに並んでいる。
「螺子、雨が止んだら仕事だ。いつ止むかわからない、早く食べな」
そう、僕は汚れた身なりで食事の席にいる。夜から昼にかけて降り続く雨、止まなければ外に出なくていい。
「お母さん、今日は止みそうにないわ。このまま休みでいいじゃない」
「そうはいかないよ、なんのために螺子を買ったんだい。……雨の中、外に出さないだけ感謝しな」
金の亡者でも人の親だ。
雨の日に働かせる気はないらしい。思い返せば今までもそうだ、雨の日に外に出されたことはない。
このままずっと降っていたら、明日も明後日も物乞いを演じずにいられるのに。
「お母さん、体を壊してないわよね?」
ルイスの問いかけにダリアは眉をひそめる。
「何を言うかと思えば。ごらんのとおり健康そのものさ」
「ひとつ聞いていい?」
「つまらない質問はお断りだよ」
「どうしてこの頃、螺子を食事の席に?」
「ふん、そんなことか」
ダリアが飲み干したワイン。呆れた顔つきでワインをグラスに注ぐルイス。町の中、ダリアに勝てる酒豪はいるだろうか。
「螺子が来てから
「ねぇ、物乞いはやめてお客様を演じさせるのはどう? 螺子が行けば、お客様はもっと増えると思うわ」
「馬鹿なことを、螺子はまだ子供じゃないか。酒の良さがわかるのはまだ先のことさ」
「螺子、今の聞いた? 男娼として働かせようとしたくせに」
「我が娘ながら物覚えが良すぎだよ」
一気に飲み干したワイン。
ダリアは酒に強すぎだ、何杯飲めば酔いが回るのか。
「商売には色んな縁があるのさ。常連客の中に男娼屋がいてね、いい男はいないか聞かれてたんだ。螺子の噂を聞いた時閃いた、男娼屋と私……互いが儲け得をするってね」
「その人に螺子のことは」
「話していないよ。商売屋ってのはね、儲かると思えばしつこく食いついてくる。ひとことでも言ってみな。螺子に会おうと、酒場どころか
「お母さんを上回る、お金への執念か」
「人聞きが悪いね、娘じゃなければ追い出してる所だ」
ダリアの口に消えていく野菜と肉。
ワインといい食べる量といい、ダリアの体には無限の穴があるんじゃないのか?
「そうだ、言っただろう? 物乞い稼業が好調だと。ルイスの見張りだけじゃ危うくなってきた。腕利きの従業員に螺子の護衛をさせようか。そうすれば螺子を確実に守れるだろう?」
ダリアの提案に、僕とルイスは顔を見合わせた。どうやら本当に頭を打っているらしい。
「治安がいい町とはいえ、誰が螺子を連れ去ろうと考えるかわからない。ルイスが人を説得させるのが上手くても……暴力を振るわれでもしたら」
「お母さんったら。螺子はいい子だものね」
「何さ、ニヤニヤ笑って」
「素直に言えばいいのに。螺子が可愛くなってきたんでしょ?」
「ばっ馬鹿を言うんじゃないよ‼︎ 金を引き寄せる道具でしかないんだからねっ‼︎」
真っ赤になったダリアの顔とクスクス笑うルイス。
「いっ……いいかいふたりとも。食べ残したら晩御飯は抜きだ。しっかり食べきるんだよっ‼︎」
ぎごちない足取りで食堂から出たダリア。
ダリアがあんなに取り乱すの初めて見た。
「螺子は毎日がんばってるものね。それにもしかしたら」
僕を見てにっこりと笑ったルイス。
「お母さんが変わったの、紗羅様のご加護かもしれないわ」
「……紗羅」
広場で出会った漆黒の姫君。
僕と同じ顔と女だと思えない数々の違和感。
あの日から何日過ぎただろう。ルイスは紗羅が、僕に会いに来るって言ってたけど。
「お母さん、螺子を養子にしてくれないかしら。そうしたら姉弟として、肩を並べて町を歩けるもの。螺子はどう? 私達が家族になるの」
「そんなこと……いきなり言われても」
ルイスは理想の姉だ。
明るくて優しくて、どんな時も僕を気にかけてくれる。姉さんと呼べたらどんなにいいだろう。
だけどダリアを母親だと思いたくはない。僕にとって母さんは、世界でひとりだけだから。
——螺子。
記憶の中、母さんが僕を呼ぶ。
脳裏に浮かぶ母さんと羅衣羅の残像。僕に手を伸ばしてふたりは笑っている。
いつかはまた会えるだろうか。一緒に暮らせる時が来ればいい。父さんへの復讐が許されないものだったとしても。
「螺子、どうしたの?」
ルイスの声が僕を弾く。
「ごめんなさい、変なこと聞いた?」
「違うんだ。その……夢のことを思いだして」
見続ける夢、ルイスに話してみようか。
町の中、誰もが知るはずのない砂礫世界。そうだ、この世界と共通するのは花と呼ばれるものが存在しないこと。
「螺子?」
「こっごめん。この町に来てから、毎日同じ夢を見てるんだ。空の下にある砂に覆われた世界」
「螺子……その夢って、本当に?」
ルイスの顔に浮かぶ驚き。
気のせいかな、ルイスの声が震えてるのは。
「嘘じゃないのよね?」
「どうしてそう思うの?」
「同じ夢を私も見てるの。見始めたのは螺子と出会ってからよ」
ルイスも……砂礫世界の夢を?
そんな、偶然とは思えないけど。
「この頃は見えるものがやけに鮮やかなの。触れる砂の感触や、見上げる空の眩しい陽射し。螺子はどう? 私と同じ感覚はある?」
「感覚めいたものは何もないんだ。ずっと同じことを考えてる。ひとりだけの……愛する者のこと」
「螺子ったら、随分とロマンチストなのね」
「夢の中のことだよ。そんなこと考える訳ないじゃないか」
僕はまだ出会っていないんだ。
心に留める……運命の人には。
「不思議ね、でも嬉しいな。夢を見始めた時も見てるものも同じだなんて。私と螺子が会えたのは必然……そばにいて、守ってあげなきゃって思うのも」
ルイスに出会った時を思いだす。
売られた悔しさと悲しみ。
ダリアへの嫌悪と、見知らぬ町への恐れ。それらを包み込んだのはルイスの優しさだった。
——はじめまして。これからいっぱい、仲良くしようね。
町に来たあの日。
見えない何かが……僕とルイスを結びつけてるとしたら。
「食べよう螺子。雨、降ったままならいいね」
ルイスに言われるまま食べだした。
母さんと羅衣羅は何を食べてるだろう。
「ルイス、母さんが作るスープが僕の一番の自慢なんだ。薄い味つけだけどそれでも」
「わかるよ、私もそう。お母さんの料理はなんでもご馳走なの。こんな……豪勢なものじゃなくても」
ルイスと顔を見合わせ笑い合った。
家族のようで違う。
僕とルイスの特別な繋がりは……確かに存在する。
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