第46話

次の日、ビュッフェ式の朝食を一人で食べた。食堂は、長テーブルがいくつか置かれていて、好きなところに座って食べる形式のようだ。もうすでに十人くらいが食事をしている。徳弘の姿を探したが、まだ寝ているのだろうか、姿は見えなかった。コーヒーを入れ、ミルクと砂糖を探すと、少し離れた席の男性三人が食べている席の前に置いてあるのが見えた。スイマセンと一声かければいいのだが、上地はその一言が妙に億劫に思え、ブラックで我慢することにした。

パンとコーヒー、それにベーコンエッグを黙々と口に運びながら食べていると、高校生くらいの団体が入ってきた。一人の少女のピンク色のTシャツに目がいく。日本語だ。日本語が書いてある。『ナンシーは』そこまでは読めた。その後何が書いてあるんだろう?その少女が自分の分の朝食を運んで席に着く。丁度『ナンシーは』の下の部分がテーブルの下になり上地の居るところからだと見ることが出来ない。気になって仕方がないので残りのパンを急いで全部口に放り込み、苦いコーヒーで流し込んだ。立ち上がりトレーを返すついでに、その少女の近くを通る。少し背伸びををして、Tシャツの文字を覗いた。

『ナンシーは すしが好きです』

笑いそうになるのを必死でこらえる。トレーを返却し、部屋に戻りながら自分のTシャツをみた。英単語が書かれている。上地の知らない単語だ。早足で部屋に戻り、スマホで意味を調べる。自分のTシャツにも恥ずかしいおかしな言葉が、単語が書かれていないかと気になって仕方がない。

『タングステン/鉱石』

どうやら鉱石の名前らしい。そういえば石のような岩のような青い絵が描かれてある。これは恥ずかしいのか?どっちだ?判断が着かなかったが、まぁいいやと荷物をまとめ出発の準備を始めた。

バスで最寄りの駅まで行き、そこから電車に乗り換えた。電車の窓からは広大なトウモロコシ畑の風景が広がる。一時間ほどで目的地に到着した。そこからバスも出ているようだが、上地は一歩一歩歩いて行きたい気持ちがしたので、バックパックの腰のベルトをしっかりと閉め、歩き始めた。二十分ほど歩くと、右前方にプールが見えてきた。

(ああ、懐かしい)

思ったよりも近かった。緊張してくる。左側に学校が見えてきた。三年ほど前に彼が専門学校の皆と研修で訪れた場所だ。彼は正面玄関には行かず、少し回って中庭に入った。

(ああ、ここだここ。みんなでパーティした場所だ。確か、職員室はここから入って左側にあったと・・・・・)

勝手に入り、少し大きな声で

「ハロー!」

と言ってみる。左に曲がると職員室に座っている二、三人の職員が一斉にこっちを見ている。一人の女性が立ち上がり、近づいて来てくれた。

「何カ御用デスカ?」

「ああ、ええと、グラハム先生、居マスカ?」

「グラハム?エエ、居ルケド今、授業中ナノヨネ。」

「ドウシタノ?」

別の職員も立ち上がり近づいてきた。

「グラハムニ 会イニ 来タミタイ。エエト、君ハ日本人?」

「ハイ、ソウデス。三年程前ニ、コチラデ研修ヲ受ケタ者デス。」

「アア、ナルホド。オーケー、チョット待ッテテネ。」

「ハイ、待チマス。」

対応してくれた二人の職員が、二言三言話し、一人が脇にある階段を急ぎ足で上って行った。上地は、やっぱり電話とか入れといた方が良かったのかな、とも思ったが、英語にあまり自信がない彼は、やっぱ無理だ、迷惑かけているみたいだけど仕方ない。と、思い直した。

2,3分して、階段から人が駆け降りてくる足跡が聞こえた。

「えっ、あっ、こんにちは。」

「えっ、こんにちは。えっ、日本の方ですか?」

階段を降りてきて上地の目の前に現れた人物は、ふくよかな女性だった。紫色のTシャツに黄色のロングスカートを履いている。髪はおかっぱ頭で、黒縁の眼鏡をかけている。

一度見たら忘れることのできなさそうな印象の強い女性だ。

「なんか、グラハムに会いに来た日本人がいるからすぐに行ってくれって言われて・・・。」

「ああ、すいません。授業中だったんですよね。」

「うん、でももう終わったからそれは良いんだけど。」

「ここの生徒ってことですか?」

「ふふ、そうだよ。」

当たり前のことを聞かれて、女性は少し笑って答えた。

「授業とかって、もちろん英語ですよね。」

また、当たり前のことを聞いてしまったと上地は思ったが、びっくりし過ぎて頭の回転が追いつかなかった。

「授業も英語だし、教科書も英語だよ。」

優しく笑って答えてくれる。

「すごい。」

思わず感嘆の声がもれた。女性は嬉しそうに微笑んでいる。自身がアメリカの専門学校に通っていることを鼻にかけている様子もなく、素直に褒められて嬉しいといった感じだ。

また階段を駆け降りてくる音がして、階段の方に目をやるとグラハムが現れた。彼女は上地を見つけると、満面の笑顔になり両手を広げながら近づいて来て、そのまま上地を抱きしめた。

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