第43話

そう言われてからまた一年が経つ。あの時の上地は少し矢吹の話しに触発されて、自分も頑張んなきゃと思ったりもしたが、時が経つといつの間にかまた、時間に流される日々が続いていた。そう簡単に人は変われないのかも知れない。

 演劇の練習が終わって、帰りの電車の中、スマホを眺めていると、あるトピックスが見つかる。

【AIで仕事がなくなる!?十年後なくなる仕事ランキング!】

上地は少し気になり、その記事の中身を見てみた。

(くだらない)

記事の内容を一通り読んだ後、そう思って顔を上げる。

(でも、、、演劇は?演劇はどうだろう?ロボットがやれば、セリフも打ち込むだけでいいし、演技指導もプログラミング設定しておけばその通り動くし、、、いやいや感情はどうするんだよ。さすがにロボットに演劇は出来ないでしょ。)

電車の中で、一人かぶりを振る。横に座っていた女性が怪訝な顔をして上地のことを盗み見ている。

アパートに帰った後もずっとロボットに演劇は可能か?ということが気になり、頭から離れずにいる。シャワーを浴びている時も、深夜のお笑い番組を見ている時も、頭の片隅にそのことが居座っている。ベッドに入ってからも頭が働く。脳が動く。

(ダメだ。寝られやしない。明日は十時から練習だ。明日実験してみよう。それしかない)

頭を切り替えて、その日はようやく眠りについた。

 次の日、上地は玄関の扉を開け、そこからスタートした。頭を空っぽにして駅までの道を歩く。右へ曲がり、商店街を真っ直ぐ突き抜けて、駅に到着。スマホを改札にかざし通り抜ける。目的地に到着する電車に乗り込み、目的の駅に着いたら、電車を降りる。またスマホを改札にかざし通り抜ける。南口を出て、右に十分、曲がり角を左に曲がり五分歩く。劇場に到着。

「おはようございます。」

「おはようございま~す。」

すでに大半の人が来ている。本番まであと一か月を切っている中、練習の準備を各々がこなしている。上地は周りを見渡し、手伝えそうな人の所に駆け寄った。

「おはようございます。」

「おはよう、上地君良い所にきた。倉庫から、椅子二脚持ってきてくれる。ロココ調のやつ。」

「はい、了解です。」

言われた通りに倉庫に取りに行った。今回の舞台はお金持ちの相続問題がテーマだ。一人息子だとばかり思っていたが、父親が亡くなったとたん、一人、また一人と息子を名乗る、娘を名乗る人物が現れてくる。それをコメディでやる。死人は出ないが、色々ないたずらを掛けて、何とか相続を独り占めしようと企んでいる人物が主役の舞台だ。上地は執事の役をもらっていた。

(ちょうどいい)

そう思っている。練習は夕方まで続いた。

「お疲れ様です。」

皆バラバラと帰っていく。上地も誰ともなしに

「お疲れ様です。」

と声を掛け、劇場を後にした。団長の矢吹が、その後ろ姿をなんだか訝しげな目で見ていた。

来た道と同じ道を、真っ直ぐと帰る。アパートに着いた。ドアを開け中に入る。

「出来たな。」

そう呟き、靴を脱いで部屋の真ん中に置いてある二人掛けのソファに倒れ込んだ。上地は今日一日自分がロボットになったつもりで過ごしてみた。アパートのドアを開けた瞬間から、帰ってくるまでずっとロボットを演じていた。劇団の皆と話すときも、執事を演じる時も、矢吹団長から演技指導を受けている時もずっと自分はロボットだと言い聞かせて過ごしてみた。

(出来たな~。やっぱロボットでも出来るわ、演劇。あまり感情豊かな主人公なんかは無理かも知れないけど、俺の執事くらいだったら多分ロボットでもいいよな。劇団の中に一体か二体ロボット持っとけば、人数足りない時に他の劇団から応援呼ばなくても済むし。近い未来、来るなこれ。ロボット劇団員)

そんなことを考えていると、そのままソファで眠り込んでしまっていた。一日中ロボットを演じることが実は疲れることだということに、上地は気付いていない。遠くに聞こえる救急車の音で目が覚めた。時計の針は十一時を回っている。窓が開いてる。この季節、夜はまだ少し冷える。重たい体を起こし、頭を掻きながら、窓辺に向かう。近所の犬が遠吠えをしている。静かに窓を閉めてカーテンを閉じた。シャワーを浴びに浴槽へ向う。

 シャワーを浴びると疲れの溜まった頭が幾分すっきりとした。冷蔵庫を開けてペットボトルの水を取り出した。ソファにもたれため息を一つ吐く。テレビを点けるとスポーツニュースをやっている。

「さあ!続いてはサッカーです!」

今日が終わろうとしている時間帯でも、晴れやかなアナウンサーの顔と声が響く。

「まずは、ドイツブンデスリーグの話題から。注目はフライブルグの久我選手デビュー戦です!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る