第42話

「俺さ、中学校からバレーボールやっててさ、まぁ所謂エースだったわけよ。それで高校上がってもバレーボールの強いチームに入って、ちょっと粋がってたんだろうな。そのチームでも結構ちやほやされてたわけ。それで三年生の最後の県大会の一週間前、一年だった俺はその三年のエースのアタックを絶対ブロックしてやろうと思って構えてたんだけど、やっぱスピードが全然違うわけ。中学生上がりと高校三年じゃあ、当たり前なんだけどさ。バレーボールのルールは大体わかるだろ?レシーブして、セッターがトスして、アタッカーが打つ。このスピードが速くて速くて。ブロックに付くのにも必死でさ。ブロックってなるべく真っ直ぐ飛んで、真っ直ぐ着地が基本なんだけど、、」

「何の話をしてるんですか?」

「まあ聞けよ、お前が聞かせてくれって言ったんだろ。その時は三年のスピードに追いつかなくて、無理に飛んだもんだから、体が流れて相手の陣地に着地した足が入ったんだよ。そしたら、その足を三年のエースが踏んじゃって、、、捻挫だよ。」

「矢吹さんがですか?」

「違う。その先輩だよ。踏んだ方が捻挫するに決まってんだろ。最後の県体の一週間前で、俺もう焦ってさ。何度も何度も謝って。先輩はまだ一週間あるから大丈夫だって言ってたけど、結局治んなくて、準決勝までは行ったんだけど、エース不在じゃさすがに、、、。その先輩も準決勝の最後だけ少し出たんだけど、やっぱりまだ全然治ってなくて、、、。俺も必死に謝ったんだけど、謝って治るもんじゃないしな、、、。でもさ、その先輩笑って『もういいって。気にすんな』って言ってくれたんだよ。『こういうこともある』って。俺は単純だから、その言葉そのまま受け入れて、呑気に普通に学校通ってたんだけどさ、県体が終わって何日か経ってある朝にさ、登校してたら女の人が俺のこと早足で抜いて行ったかと思うと突然振り返って、すごく怒った顔で俺のこと睨んでさ、ギッて感じで。それから『よく普通に学校来れるよね。』って言ったんだよ。そのまままた歩いてその女の人は学校の方に行ったんだけど、俺そこから動けなくなって、、、。その人その先輩の彼女だったんだよ。それで俺は先輩の優しさにただ甘えていただけなんだって気付かされて。いや、ほんとはわかってたんだよ。とんでもないことをしてしまったってことは。でも先輩の言葉に甘えて、その先輩の気持ちを考えてなかったって言うか、そこに対して自分のしたことに対して蓋をしていたって言うか。俺は先輩の人生踏みにじったんだって思い知らされて。それで俺は一人立ち止まったまま、そこから前に進めなくなって、心臓が早く動いて、冷や汗が出てきて、ちょっと息もしづらくなって、気付いたら家に帰って、自分のベッドにもぐりこんでたんだ。・・・はい、そしてそこから不登校の始まりです。」

「えっ、学校行ってないんですか?」

「ああ、そこから行けなくなって結局中退。」

「ひどいですね、その先輩の彼女。」

「そうか。あこまで他人のために怒れる人なんてすごいと思うけどな。やっぱり一番近くでずっと応援してたんだろ。それがイチネン坊主に捻挫させられて、最後の県体出られなくて、怒るのも無理ないと思うけど。まあそこから引きこもり人生の始まりですよ。引きこもりつったらゲームでしょ。一日中ゲーム。クソするか、飯食うか、ゲームするか。だよな。でもオレゲーム下手くそでさ。全然続かねえの。すぐ死ぬし。ボス倒せねぇし。なんでかな?脳と指先の回路ぶっ壊れてんのかな?とにかくゲームが下手くそだと面白くないから、レンタルビデオ屋さん行ってビデオ借りまくりの始まりだよ。毎晩毎晩夜九時過ぎたら、サンダル履いて、スウェットの上下姿でレンタルビデオ屋通いだよ。そしたら、さすがに店員と顔見知りになって、少しずつまぁ、挨拶とか、ちょっとした映画の感想とか言ったりするようになって、引きこもり生活が一年くらい経ったぐらいかな?ある日演劇に誘われたんだよ。・・・その・・・女性店員に。」

「えっ、今少し照れました?」

「うるせぇな、ちょっと十代の自分を思い出しただけだよ。たぶん大学生くらいだと思うけど、その女性店員。そんな年上の女性に誘われるなんて、もうドキドキしてさ、その人にしたら、引きこもりの少年を外に引っ張り出してやりたかったっていうボランティアみたいなもんだったんだろうけど、、、。まあ、そんなこんなで初めて演劇を見に行ったんだよ。結構おっきいホールでやってて、板橋の文化会館なんだけどさ、行ったことあるか?それが衝撃で。もういきなり泣けてきてさ。ジェーン・エアっていうやつなんだけど。なんていうか役者の顔がいいんだよね。生きてるっていうか。表情が力強くて。圧倒されて。小さい子も出てるし。それ観ながらさ、俺何やってんだろ、毎日毎日、スウェットの上下で、だらだらだらだら。家帰って服脱いで、鏡の前立ったら、贅肉もしっかり付いてて。これじゃいかんってさすがに思って、俺もちゃんと生きなきゃ。生きていかなきゃって思って。ロッキーみたいに走り込んで、髪も切って髭も剃って、何とか見た感じは普通の人間に戻ったわけよ。それからまたそのレンタルビデオ屋の女性店員に会いに行って、、。」

「告白ですか?」

「ちげぇよ。劇団に入りたいって、どうしたら劇団に入れますかって聞きに行ったんだよ。そしたら、小さな劇団だけど、知り合いがいるから聞いてみるねって言ってくれて、何とかそこに入り込んで、そんで紆余曲折有って、今、団長なんかしてるってわけだわさ。あ~、疲れた。しゃべりすぎて疲れたわ。」

「ははっ、ありがとうございます。」

「ありがとうございますじゃねぇよ。お前見てると昔の自分みたいでなんかほっとけないんだよなぁ。しっかりしてくれよ。もっとシャキッと。」



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