第41話

それから二年の月日が経った。上地は「劇団てんびん座」の一員になっていた。上地にとっては初めて生で見た演劇の劇団だ。同期はおらず、まだ後輩も入ってきてないので上地が一番下っ端になる。新入団員として入った時は、まず色々な雑用ばかりをやらされるんだろうと思っていたが、そんな人的余裕は無いと、初めから脇役ではあるがセリフのある役を当てられた。雑用はベテランも新人も関係なく皆で手分けして作業した。初めて観客を入れての芝居は、少しは緊張もしたが、それよりも楽しかったことの方が想いとしては強かった。一つの演目に時間をかけて練習を重ね、それをいよいよ観客の前で披露する。それが何だか自分たちの成果を見てくれと、ある種の自慢をしているような感覚になっていた。カーテンコールでの拍手はこの上なく気持ち良かった。一つ問題があったのが、給料が少ないことだった。てんびん座は全員で十五人の小さな劇団だ。皆掛け持ちで何かしらのバイトをしていた。上地もバイトを探すようにと助言を受けて、色々と探し回ったが、舞台が始まると一か月ほど長期で休みをもらわなくてはならず、そのことを伝えるとどこの店も首を縦には振ってくれなかった。十件目になるバイトの面接で、同じように自分の事情を正直に話すと、カラオケ屋の店長が、

「俺は、夢のある奴は応援したくなるんだ。」

と笑顔で上地を採用してくれた。上地としては、何となく流れで劇団員をやっているだけで、夢というほどでもないんだけどな、と思いつつバイトの面接にようやく受かったことで、

「ありがとうございます!」

と笑顔で答えた。それから昼はカラオケ屋でバイト、夕方から夜にかけて劇団員という生活が始まった。カラオケ屋のバイト仲間に劇団員だと伝えると、

「すごいね、テレビとかにも出るの?」

などと、真っ直ぐな尊敬のまなざしで見つめられ、なんだか嬉しいような、ちょっと申し訳ないような、歯がゆい思いをしていた。それでもわざわざ劇場に足を運んでくれる人たちもいたりして、それは素直に嬉しかった。特に、初めて演劇を見たという人が、

「演劇っておもしろいね。また見に行くね。」

と言ってくれた時は、演劇のファンを増やしたような気持になって嬉しかった。

てんびん座の仲間たちも良い人たちばかりで、一つのものを皆で完成に導いていくその工程に、大きな団結力や喜びを感じていた。練習が終わってからの飲み会にも積極的に参加したし、大衆居酒屋で先輩や団長が自分の想いを語るのを聞くのは楽しかった。

上地がてんびん座に入って一年くらいが経ったある日の居酒屋からの帰り道、団長の矢吹と二人きりになった時のこと、

「そういえば、お前ももう俺の劇団で一年が経つな。」

そう言われ、話が始まった。

「はい。早いですね。一年あっという間でした。」

「どうだ?劇団は?」

「楽しいですよ。皆いい人ばかりですし。」

「そうか、、、。ところで、自分で採用しといてこんなこと言うのもなんだけど、お前、何の為に演劇やっている?」

ドキリとした。この人は見抜いている。見抜かれている。ただ流れで自分がこの場所にいることを。そう思った。

「なんの為って、、、。なんの為って言うか、、、ただ、楽しいから続けているって言うか、、、。」

「お前な、良いんだよ。その少し力の抜けた感ってのは。でももう少し向上心持った方がいいかもよ。良いんだよ、お前。ほんとに。まだ脇役しか与えてやれないけど、お前、勘が良いんだよ。演技の勘が。間の取り方だとか。ほんとに。だからもう少しやる気出してくれると、こっちも使いやすいんだよ。」

上地は驚いた。褒めているのだろう。まさか自分がそのような評価を受けるとは思わなかった。矢吹は少し酔いの回った口調で話し続けた。

「お前は頑張れば伸びるタイプだ。だからもっと頑張れ。頑張ってみなよ。面白いぞ。頑張るってのは。結構面白いもんだぞ。」

「はぁ、、、。」

「なんだよ、気のない返事しやがって。」

「あの、、、矢吹さんはなぜ劇団員になったんですか?」

「はっ?オレ?俺に聞く、それ。」

「はぁ、、、なんていうか、、、やっぱ夢みたいなもんですか?小さい頃からの。自分、こんなこと言うのもなんですけど、あまり夢というか、、、そういった強い想いみたいのが無くて、、、。」

「う~ん、そうかぁ~、最近の若いもんはそういうもんなのか?」

「いえ、若いもんが全部という訳ではないと思いますが、、、、。あの良かったら聞かせてもらえませんか?劇団員になろうと決めた訳とか。なにか参考になるかも知れませんし。」

「そうか?そうだなぁ。」

矢吹は酒も入り、気分が良くなっているせいもあってか呂律のあまり回ってない舌で、淡々と話し始めた。

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