第37話
翌日、いよいよアメリカの演劇学校の授業が始まった。建物はこちらも茶色のレンガで作られた、中庭のある建物だった。ホテルからは歩いて十分とかからず比較的近い立地だ。二階建てで、教室がいくつかあり、ホールは建物の北側にあった。比較的広いホールで、三百人収容できるとのことであった。ざっと学校案内が終わった後、通訳を介してアメリカの先生が話始める。
「皆さんこんにちは。私はグラハムです。初めまして。この度ははるばる遠い所を本校まで来てくださりありがとうございます。日本の若い演者の卵たちに短い期間ではありますが、指導できることを誇りに思い、また嬉しくもあります。日本の演劇も素晴らしいものであると存じておりますが、どうぞ皆様、この期間に日本では感じ取れないであろう、アメリカの演劇の奥深さを感じ取り、少しでも多く身につけて帰ってください。では、よろしくお願いします。」
軽い拍手が起こる。上地は通訳の言葉を聞きながら、あの先生誰かに似ているなと思い、頭の中の記憶を探っていた。
(ん~、何処かで見たことある顔なんだよなぁ。・・・・あっ、あれだ。エイリアンだ
エイリアンの人だ。名前なんつったっけ)
「大谷、おい。」
「ん、なに?」
「エイリアンの主人公名前なんだっけ?」
「シガニーウィーバー。」
「お、そうだそうだ。さすが物知り。」
「では、こちらで用意した脚本で練習をしたいと思います。今から配るので皆で回して下さい。」
何枚か重なりをホッチキスで止めてある用紙に、英語と日本語で二行に書かれた文字が埋め尽くされている。
「先生、これって英語でやるんですか?それとも日本語でもいいですか?」
「それはあなた達で決めてもらいます。今から五人一組になってもらいます。その五人で、英語でやるのか日本語でやるのか決めてください。」
周りがざわつく。
日本の教師の佐藤が言葉を発す。
「え~、五人組はこちらで割り振っております。では言います。Aチーム・・・。」
上地は大谷と、女子三人とCチームになった。五人で話し合い、日本語でセリフを言うことにした。英語だと感情移入が難しいという全員一致の意見だった。上地には意外だったが、AチームとDチームは英語でやってみることに決まった。
「これは演劇の一部を切り取ったものです。全部は出来ませんが二週間でそこを集中的にやって、そこから多くを学んでもらえればと思います。これはベトナム戦争が舞台の物語です。皆さんベトナム戦争は聞いたことがありますか?ちょっと厳しい内容ではありますが、あえてここをやってみたいと思います。では、まず本読みから各チームで配役を決めてやってください。」
何もない広い教室に四チームがそれぞれ輪になって座り、本読みを始めた。それから配役を決める。
劇の内容は、アメリカの小部隊が、ある森の中で小さな村を見つけるが、そこには誰も居ない。全員何処かに避難しているのだと思ったら、一つの家に逃げ遅れた家族が居た。逃げ遅れた家族には足の悪い婆さんと、そこに嫁いできた嫁、そして十代の娘が残されていた。それを見つけたアメリカの小部隊の一人が優しく声を掛けるが、暗がりの中よく目を凝らすと、娘が銃を持っていて、銃口をこちらに向けていた。なだめる兵士、大きな声を出す兵士、こちらを向いた銃口が小刻みに震えている。アメリカ兵の一人が周りの人々を静かにさせ、ゆっくりと娘に近づく。彼女の手の上から銃にふれ、危害は加えない、銃を下ろしてくれと頼む。娘は泣きながら小さな声で、『私のお父さんは、アメリカ兵に殺された』そう言った。瞬間、発砲音が鳴り・・・という内容だ。
「戦争がテーマか、、、。なんだか気が重くなるね。」
本読みを終えた後、辺りの空気が緊張に包まれていった。
「じゃあ、さっそくやりましょう。まずAチームから。セリフや動きは少しずつ覚えながらでいいです。紙持ったままでいいのでやっていきましょう。小道具はこちらにあります。」
いつの間にかグラハム先生の横にテーブルがあり、そこの上に、拳銃や機関銃が置かれていた。Aチームの村上がそれを手に取り、
「本物ですか?」
とグラハムに聞く。彼女は笑顔で、
「ノー。」
と答えた。胸をなでおろす村上。少し笑いが起き、皆の緊張が和らいだ。村上は皆のムードメーカー的な存在だ。
それぞれのチームの演技の途中でグラハムの指導が入る。声の出し方。大きさ。動きの修正。ちょっとした手の動き。振り向く速さ、タイミング。視線の置き場所。一つのチームの演技を他のチームが見て、それぞれのグラハムの指導に皆が耳を傾けていた。熱の入った指導、アメリカならではの演技、皆それぞれに刺激を受けていた。
「あのプールって泳いで良いんですか?」
一日の授業が終わったあと、村上が通訳を通してグラハム先生に聞く。
「ええ、あれはうちの学校のプールよ。好きに使って構わないわ。」
「マジすか!やった。おい、みんなプール行こうぜ。」
「プールつったって、水着は?」
「水着なんて持ってきてる奴いないでしょ。」
「ハーフパンツならあるけど、それでいいんじゃない。」
「ほんまや、お前頭いい!」
「おれ、部屋着のハーフパンツならあるけど、スウェット生地なんだよね。」
「何でもいいんじゃない。」
「いいなぁ、男子は。」
そばで聞いていた女子が羨ましがる。
「おし、行こうぜ!」
教室を飛び出し、ホテルへダッシュで帰り、身支度を整える。ハーフパンツをはき、Tシャツを羽織り、ホテルのタオルを首にかけ、プールにめがけて走り出た。晴れ渡る青空、絶好のプール日和だ。誰も居ないプールに着くと我先にとTシャツを脱ぎ捨てプールに飛び込む。
「おわぁ、気持ちいい。」
「最高やん。」
童心に帰った様にはしゃぎだす。
「おい、お前泳げる?」
大谷が上地に聞いた。
「普通に泳げるけど。」
「じゃあ、勝負しようぜ。往復な。」
二十五メートルプールの往復勝負だ。上地は、水泳は学校の授業でやるぐらいだったが、小さいころから川で遊んできたので、そこそこ自信はある。
「いいぜ、おい誰かスタートの合図頼む。」
二人でレーンに並ぶ。
「よーい、ドン!」
壁を思いっきり蹴り、勢いよく飛び出す。水をかく。水のはじける音と声援が聞こえる。水の中からからは自分の泡となって吐く息が聞こえる。腕を回し、水面に滑り込ませ、手のひらで水を抱える様に後ろへと押し出す。大谷が一メートルほど前にいる。ターンした。大谷は水中で回ってターンした。続く上地はプールの壁に一度捕まり、
「マジか、あいつ。」
とつぶやき、また水中へ潜り壁を蹴る。が、すぐに失速。
「ダメだ!疲れた。」
そう言って平泳ぎに変更して、顔を上げたまま帰ってくる。。
「速ぇぞ、大谷ぃ!」
大谷はもう到着していて、余裕の笑みを見せている。
「ひょっとして、水泳やってた?」
ようやくゴールした上地は大谷に聞いた。
「おお、元水泳部。お前は?」
上地は一瞬返答に詰まる。
「やっぱりな。速いはずだよ。ん、、俺は、、、弓道部。」
「なんだ、文化部か。」
「弓道は文化部じゃねぇよ。」
「文化部だろ?華道、茶道、弓道。」
「ちげぇよ。」
上地は思いっきり大谷の顔目掛けて水を掛けた。
「この!やりやがったな!」
急いで背を向けて逃げ出す上地。勝負を見守っていた他の男たちも全員がプールに飛び込み、もみくちゃになって遊んだ。西に傾きかけた太陽が、はしゃぐ若者たちを、優しく照らしていた。
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