第34話
「おお、明けましておめでとう。」
「明けましておめでとうじゃねぇよ。年賀状に卑猥な絵を描くな。」
「は?何言ってんの?」
「まぁ、どうでもいいけど。お前今日暇だろ?」
「は?何決めつけてんの?」
「なんだ、何か用事でもあんのか?」
「暇に決まってんだろ。」
「じゃあ、今から行くわ。」
自転車にまたがり走り出す。元日ということで、いつも以上に空いている道が気持ちいい。袴田の家までは少し遠いが、冷たい空気を切り裂いて走る道はとても心地よかった。
袴田の家に着くと、袴田の両親が歓迎してくれた。正月からすいませんと頭を下げると、いつでもどうぞと笑顔で返してくれる。良い人たちだなと思った。部屋に入り、座ると、
「ちょっと待ってな。」
と袴田が階下に降りていく。すぐに上がって来て、
「おい、これ食ってみろ。うちの親父が漬けた梅干し。うまいぞ。」
そう言って、指でつまんだ結構でか目の梅干しを差し出してくる。
(えっ?梅干しだけで)
と思ったが、思い切って丸々口の中に放り込む。
(おおお、すっぱっ)
そう思ったが、
「どうだ?うまいだろ?」
と笑顔で聞いてくる袴田の勢いに押されて
「うん、うまい。」
と答えた。
自分の父親の作った梅干しを、一切の曇りなく、清々しいほどに自慢してくる袴田に、こいつはほんとにいい奴だなと思った。それから上地は、なんだかすべてがどうでもよくなって、中村から年賀状が着たこと、そしてその意味に気付いたことは話さないことに決めた。
ドアがノックされ、開く。袴田の母親が、
「上地君、お昼おせち食べていく?」
と聞いてきたので
「いいんですか?じゃあ、頂きます。」
と答え、それから二人でいつものように音楽の話や、映画の話をして過ごした。上地は、こんなにも居心地の良い場所があることに、これが小さな幸せってやつなのかなと思った。そして、袴田という親友が居ることに、なんだか救われた、そんな気がしていた。
いよいよ高校三年生になり、部活も終わり、進路の問題が出てきた。もうとっくに進路を決めている同級生がいる中で、彼は何も決めてなく、ただ毎日何となく楽しく過ごしてきたことに、今更ながら焦燥感を感じている。
「ちょっと来い。」
担任の先生に職員室に呼ばれ、分厚い本を渡された。大学に行く気はないと答えたら、全国の専門学校が掲載されている本を渡された。
「これでも見て、自分が何をするのか、何をしたいのか考えろ。卒業して何もありませんじゃ、どうしようもないぞ。」
上地が今まで見てきた映画の中で、大学生といえばサークル内での事故や事件に巻き込まれたり、サークル内での恋愛ごとに巻き込まれたり、バイト先での事故や事件に巻き込まれたり、バイト先での恋愛ごとに巻き込まれたりと、とにかく大学に行って人は何をしているのか全く分からなかった。同級生に聞いても、つぶしが効くだとか、とりあえず大学くらいは出ておかないといった返答が多かった。上地でも知っている有名大学に行くという奴は、自身のレベルにあっているからだとか、彼が納得できるような説明をしてくれる人物は居なかった。ひどい奴になると四年間遊ばしてもらうなんて言う奴もいた。だから大学は無意味なものだと思っていた。いや、本当はそう思おうとしていただけなのだ。ただ単に大学受験のための勉強がしたくなかっただけなのだ。心の奥底で自分のなまけたい、楽をしたいという気持ちがあることは気付いているはずだった。それを認めたくないために、自分に都合のいい情報だけを集めていたのだ。
袴田に、
「俺は教師になる。」
そう言われたときは、ドキッとした。こんなにもはっきりと目標を持って大学を目指す人間が近くに居て、置いて行かれた様な気持ちになった。その気持ちを隠すために、大学は意味のないものだと自分に言い聞かせていた。
重たい本を抱え自宅に持って帰り、一ページ一ページめくって見る。全国には様々な専門学校があった。ITから看護介護、美容理容、服飾、調理、製菓製パン、ペットビジネス、ゲーム、アニメ、声優、音楽。上地はページをめくる手を止め、自分が何をしたいのか全然わからないとため息をつき宙を見た。困った。高校を出てすぐには働く気もないし、働くにしても何をしていいのかすらわからない。かといって勉強がそれほど好きではない彼にとって、大学に行く意味はわからないし、とりあえず専門学校でも行くしかないけど、どれを選べばいいのかわからない。
頭を掻きむしる。二回目のため息をつき、また一つページをめくるとある文字に目が留まった。
[ニューヨーク研修旅行]
(ん?ニューヨーク?研修?なんだこれ?)
ページの上段を見ると、[日本演劇専門学校]とある。
(演劇・・・・ニューヨーク・・・)
頭の中に、映画で何度も観たニューヨークの光景が流れる。エンパイアステートビルディング、自由の女神、セントラルパーク、タイムズスクエア、ブルックリン橋、そしてロックフェラーセンターのクリスマスツリー。
(行けるのか?この学校に通えば、ニューヨークに行けるのか?)
ドキドキと胸が高鳴った。
(でも、、、演劇か・・・演技するんだよな・・・演技を習うところだよな・・・出来るかな?)
一抹の不安は残っている。でも、ニューヨークに行きたい、行ってみたいという気持ちがその不安をかき消していくようだ。まだ一度も海外に行ったことのない上地にとっては未知の世界が急に開けたような感覚であった。海外に行くという選択肢がいきなり目の前に出てきて、その魅力の中に吸い込まれるような興奮があった。詳細を見る。学校は東京にある。定員は四十名。一年で卒業。演技の基本から、個性に合わせた指導。照明音響、小道具から大道具まで創作し、演劇を総合的に学べ、実践力のある俳優を育成。ニューヨークへは8月ごろ二週間の滞在。これだ。ここに決めた。そう決心し、翌日担任へ報告しに行った。
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