第32話

次の日から、上地は意識的に、あるいは無意識的に中村の姿を目で追うようになっていた。

クラスが違うため、休み時間の廊下で、合同体育の時間に、全校集会の時に、中村を探した。上地は中村を見るだけで、心がフワフワしてくる感覚を味わった。屈託なく笑う姿、真剣なまなざし、退屈そうにぼんやりとしている顔。どれを見ても胸の辺りが少し息苦しくなるような、それでいて、その息苦しさを味わうように楽しんでいる自分が心地よいと思う、彼自身も理解できるようで出来ないような感覚を味わっていた。そして、放課後の部活の時間は彼にとって至福の時となった。いつでも好きな時に中村の姿を目にすることが出来た。

ある日、正座をして、小手を巻いていたら、ちょうど中村が弓を射る番がやってきた。その立ち姿に目が奪われた。その所作に周りの時間が止まって中村だけが動いているような感覚になった。基本姿勢から始まり、優美な動きを見せながら的に狙いを定める。しっかりと力強く弓を引き、つかの間の停止体。離れ。ピシッ。矢が的に命中する。上地が飛んで行った矢から、中村の方に目を戻すと、中村と目が合った。中村が上地を見ていた。少し真剣な表情にも見えた。ドキリとする。じっと見ていたことがバレたかも知れない。そう思ったが、何食わぬ顔で、中村に送るように静かな拍手をして見せた。中村は一瞬気を抜いた表情になり、そしてニコッと上地に対して笑顔を見せた。上地はその表情に癒され、そしてジッと見ていたことがバレてなかったと思い、安堵した。



「お前、中村さんのこと好きだろ。」

数日たったある日の部活の帰り道、何の脈絡もなく袴田が上地に向かってそう言った。

「えっ。な、、何だよ急に。」

「お前、中村さんのこと見過ぎだよ。バレバレだぞ。」

「うっ、、、。」

言葉が出なかった。

「やっぱり。、、、うん、良いと思うぞ、俺は。中村さんいい人だしな。でも中村さんは人気あるぞ。」

上地は、もう隠してもしょうがないと思い、正直に話した。

「バレバレか~、、、。」

「そうだよ。バレバレだよ。お前告白とかすんのか?」

「う~ん、、言う気はあるけど勇気がない。」

「いや、なに上手いこと言ってんだよ。」

「ははっ、冗談冗談。告白する気なんてないよ。なんかそういうんじゃないんだよな。見てるだけでいいんだよ俺は。それにさ、部活一緒でキャプテン同士だぜ。フラれたりしたらどうすんだよ。」

「知らねぇよ。そんなこと。」

「だから見てるだけで、いいの、俺は。」

「ふ~ん、そんなもんかねぇ。」



それからすぐに夏休みに入り、上地は中村を目にすることも無くなった。午前と午後に男女で別れた練習では、すれ違うことすら出来なかった。夏休みの間、彼は中村に会えない時間を悶々と過ごした。目にすることが出来ない時間が、中村への想いをどんどん強くするようだった。時には夜、睡眠前のベッドの中で強く、強く想い、力果て、そしてそのまま、夢の中へと誘われたりもした。

 上地にとっての長い長い夏休みがようやく終わり、二学期が始まった。


嬉しいことに、二学期に入ってすぐに運動会の練習が始まり、上地は、クラスの違う中村のことを再々目にすることが出来た。彼は、本当にそれだけで幸せだった。毎日学校に行くことがこんなにも楽しいことだとは思わなかった。もう、中村を見るために学校へ行っているようなものだった。

楽しい高校生活は時が過ぎるのも早く、いつの間にか季節は廻り、秋になっていた。河原では、ススキの小穂が揺れている。


「上地さん、今日みんなで秋祭りに行きませんか?」

日曜日の、午後練習の時に後輩がそう声を掛けてきた。

「そうか、今日は秋祭りか・・・」

思えば小学生以来行ってない。上地の頭の中に懐かしい屋台の風景が浮かんできた。

「いいね。行こうか。」

上地は袴田にも声を掛け、他の後輩も全員が行こうと盛り上がって、みんなで部活が終わった後に秋祭りに行くことになった。皆口々に、「久しぶりだ」「何食べよう」「イカ焼きは外せない」「玉子焼きもうまいぞ」「くじ引きする?」等と盛り上がっていた。

練習もそろそろ終わりのころ、

「あれ?あれって中村さんじゃないですが?」

一人の後輩が、弓道場の入口の方でみんなに聞こえるように言った。何人かが入り口に走り寄り、顔だけ出してその人物を見た。もちろん上地もだ。弓道場から少し離れた橋の上に中村は立っていた。私服姿だ。表情までは見て取れないが、確かに中村の姿がある。

「ほんとだ。中村さんだ。」

「何してんだろ?」

「誰か待ってるみたいじゃね?」

上地は少し嫌な予感がした。

「中村さんも秋祭り行くんじゃね?」

「じゃあ、待ち合わせってこと?誰と?」

「もしかして!」

「ありえる。友達とだったらあんなところで待ち合わせしないでしょ。」

「いや、そうとも限らんやろ。」

上地は強がりを言った。彼の頭の中では、口から出た言葉とは裏腹に、最悪の事態を想像している。

「誰か歩いて来てる!」

「えっ!」

弓道場の入口から顔を出している全員が、そう言った奴の指さす方を見る。確かに中村のずっと右側から、一人の人物が歩いて来ていた。

「男ですよ、あれ。」

確かに背格好は男性のものだ。

「普通に通り過ぎるだろ。」

と上地はまた強がりを言う。

「でも、中村さん、そっちの方見てません?」

確かに、男性の方を見ている。段々と二人の距離が縮んできた。

(通り過ぎろ!そのまま通り過ぎろ!頼む!)

上地は祈った。強く祈った。

二人の間の距離が無くなり、重なる。

「何か話してるみたいですよ。」

(いけ。そのまま通り過ぎて行け。早く、早く通り過ぎろ!)

「あいつ、野球部のやつだ。上地さん、あれ一組のやつですよ。俺らと同級だ。」

一人の後輩が言う。

(年下・・・)

「あっ!一緒に歩いて行く。」

二人は肩を並べ、男性が今来た道を歩きだす。

「あ~、秋祭り行くんだ。ぜったいそうだ。」

「まぁ、そうだろうね。」

「やるな、あいつ。中村さんとか。」

「おい、もう終わり。練習するぞ!」

上地は振り返り、弓道場の中へと歩き、弓を手にした。視界の端に、袴田の顔があった。絶対にそっちは見られなかった。今、上地自身がどんな顔をしているのか、袴田がどんな顔でこっちを見ているのか、どちらも知りたくはなかった。


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