第31話
放課後になり、教室で一人待つ上地。教室というところは、誰も居ないと少し空気がひんやりとしている気がしてくるところだ。そんなことを考えるも無しに考えていると、中村が来た。
「ごめん、お待たせ。」
そう言って上地の机の前に立つ。少し教室の温度が上がった気がした。
「座りなよ。」
隣の机の椅子を拝借して、上地は自分の席の横に着けた。中村はノートを出してきて、そこに自分で書いたであろうカレンダーを開いた。
「ありがと。じゃあ、うちらの要望から言っていい?この日と、この日と、この日は用事のある人がいるから、午前中が良いんだって。そっちはなんか希望ある?」
上地は誰にも夏休みの計画を聞いてなかった。あまり小さなことは気にしない性格の彼は、もし誰か用事があれば、その誰かは休めばいいやと思い、
「男子は特に大丈夫だよ。」
と言った。やはり顧問の居る女子と男子では練習に対する気概に違いがあるようだ。
不意に廊下に男子三人組が現れ、上地と中村を見つけ、
「えっ?」
とあからさまに指を指してきた。一組か二組のやつだ。上地は一応面識がある。
「えっ、お前らひょっとして・・・?」
「違うわ。夏休みの練習時間の割り振りしてるだけだって。」
「へぇ~。」
嫌らしい顔で見てくる。
「早く、もう行けって。」
「はいは~い。じゃあね~。」
上地は少し照れ臭かった。
「ふふっ。」
中村が笑う。上地も少し笑った。
「じゃあ、後の開いている日は午前と午後で、男子女子順番でいい?」
「、、、ああ、うん、それでいいよ。」
自作のカレンダーに、書き込んでいく中村。顔をノートに向けたまま話し出した。
「あのね、あたし今日誕生日なんだよね~。」
「えっ、ああ、そうなの。おめでとう。」
「・・・・」
「ああ、、と、、、何歳になったの?」
「あはは。」
中村が顔を上げて笑い出した。
「上地君ておもしろいね。私たち同級生だよ。」
「あ、、あ、、、そっか。そうだね。ボケてた。」
上地も一緒に笑った。
「ねぇ、あたし、マンデルのシュークリームが食べたい。」
目を輝かせて上地を見る。
「えっ?、、ああ、じゃあ今から行く?」
「うそ?やった!おごりだよね?」
「ん、まぁそりゃもちろん。誕生日なんでしょ。」
「嬉しい!じゃあ、急いで荷物取ってくるから自転車置き場で待ってて。」
そう言いながら、弾むようにしてノートを閉じ教室を出ていった。上地は中村の座っていた椅子を隣の席へ戻しながら、急な展開に少しどぎまぎしている。
二人は町の商店街の中にあるパティスリーマンデルに着いた。自転車を店先に停め、ガラス張りの扉を引き開ける。上地は扉を開けた瞬間落胆した。真正面にあるショーケースの中は、ほとんど空っぽの状態だったのだ。
「いらっしゃいませ。」
「え~と、、、すいません。今日って、もうこれだけですか?」
「すいません。今日はたくさんのお客さんに来ていただいて、これだけになってしまいました。」
「シュークリームも、ないですか?」
「はい、シュークリームも完売となっております。」
ハンチング帽を被った優しそうな女性店員が、申し訳なさそうに答えた。ショーケースの中には、苺のシュートケーキがひと切れと、ロールケーキがひと切れだけ残ってある。
「じゃあ、他行こっ・・」
「これください!この残ってる二つ!」
中村が、上地の声を遮って、勢いよく注文した。
「あっ、はい。ありがとうございます。では、こちら御二つですね。少々お待ちください。」
上地は横目で見ると、中村は待ちきれない様子で、店員が残った二つのケーキを箱に詰める様子を見ている。
「ありがとうございました。」
女性店員はとても嬉しそうに、そして満足げに、学生二人に頭を下げ見送った。
「どこで食べる?」
上地が聞くと、
「河原行こうよ。」
と中村が答えた。
二人は自転車にまたがり、河原まで走った。上地はかごに入ったケーキが崩れないように、ゆっくりと慎重に自転車を走らす。
「上地君どっちがいい?」
堤防に着くなり、中村が上地に聞いてきた。
「どっちでもいいよ。好きな方取りなよ。」
「じゃあ、あたし苺のショートケーキ。」
少し堤防を川側に降り、二人で夕焼けに染まる原っぱに腰掛ける。二人の間には少し距離がある。箱を開け、ショートケーキを中村に渡す。川風が、河原に生えてある草花を小さく揺らしていた。
「じゃあ、いただきまーす。」
「ちょっと待ってよ。言うことあるでしょ。」
「あっ、ごめん。・・・誕生日おめでとうございます。」
上地はロールケーキを、シャンパングラスのように掲げた。
「ありがとうございます。」
中村はそう言って、嬉しそうに苺のショートケーキを上地のロールケーキに軽く当てる。
パクリとかぶりつく。
「んん、おいひ~。幸せだぁ。」
上地は、ほんとに美味しそうに食べる中村をみて、少し笑いながら、
「ショートケーキにかぶりつく人初めて見た。」
と言った。
「ふふ、あたしも初めてショートケーキにかぶり付いた。めっちゃおいしい。ねぇ、上地君も早く食べなよ。」
「うん。」
上地もロールケーキについているセロハンをはがし、一口かぶりついた。
「んん、うまい。」
二人は笑顔になる。笑顔のまま中村は上地をジッと見つめる。
「なに?」
「・・・そっちも食べたい。」
まるで小学生のような顔つきになって、上地に訴える。
「いいよ。はい。」
上地は自分がまだかじってない箇所を中村に差し出す。中村は嬉しそうにお尻をずらして近寄ってきて、パクッと上地の差し出したロールケーキにかぶりついた。中村の顔が上地のすぐ近くにきた。すぐ手元にある中村の顔。ドキリとした。中村の、匂いがした。上地のまだ知らない女性の香り。
「んん、おいひ~。」
上地はわざと笑って、急にあふれてきた女性という生き物への意識を隠そうとした。女性の顔をあんなに近くで見たのは初めてだった。中村は夕焼けにきらめく川を見ながら、幸せそうに笑っている。川風が優しく吹き、中村の髪を静かに揺らす。
「そういえばさ、シュークリームじゃなくて良かったの?」
上地はロールケーキを食べながら、質問した。
中村は、まるで時間が止まったように、黒目を大きく見開いて上地を見る。そして、前を向き、ゆっくりと口いっぱいにほうばったショートケーキをごくりと飲み込み、また上地を見て、少し大きな声で言った。
「・・・だって、二つ残ってたのよ。二つ。丁度二つ。あのショーケースに残った二つを置き去りにするの?私には出来ないな。だって、まるで私たちを待っててくれたみたいに残ってたのよ。上地君さ、『じゃあいいです』って帰ろうとしてたでしょ。だから私急いで『これください!』って言ったの。」
「・・・うん、そうだね。」
「そしたらさ、あのお姉さん嬉しそうに笑ったでしょ?」
「そうだっけ?」
「笑ったよ。だから私も嬉しくなって。そしてここでケーキ食べたら美味しくて、また嬉しくなって。」
「・・・うん、そだね。」
「・・・あれ?何が言いたいんだ私?」
「・・・」
「とにかく、あの時シュークリームが無いからって『じゃあいいです』って帰ってたら、今の幸せは無いんじゃないかな?だから、ん~・・・なんて言うか小さな幸せっていうか、そういったものを大事にした方が、みんな幸せになれると思うのよね。いらないって帰ちゃったら、あのお店のお姉さんも悲しかっただろうし。二つしか残ってないじゃなくて、ちょうど二つ残ってるって思ったの。シュークリームが無い、っても思ったよ。でもそれと同時に二つ残ってる!っても思ったの。幸せとか言ったらちょっと重いか・・・。ラッキーって思ったの。二つ残っててラッキーって。でもこれって状況は同じなのに考え方ひとつで全然違うくない?二つしか残ってなくてアンラッキーて思うのと、二つ残っててラッキーって思うのと。天と地。月とすっぽん。うさぎとかめ。わかる?私が言いたいこと。」
「いや、うさぎとかめは意味違うでしょ。でも、、、うん、わかるよ。すごくわかる。ちょっと反省。」
「ふふっ、反省だなんて。別に悪く言ってるつもりじゃなくて。」
「ううん。すごいなって思って。そういう考え方。小さな幸せ。中村さんてさ、そんな風に物事考えてるから、いつも笑ってるのかな?」
「えっ、私いつも笑ってる?」
「いや、笑ってるというか・・・なんかいつも元気だよね。」
「う~ん、まぁ元気は唯一の取柄かな。でも、あんまり何も考えてないよ。ただ元気なだけ。上地君はクールだよね。」
「え~、これはクールとは言わないよ。ただおとなしいだけ。」
「じゃあ、おとなしいキャプテンと、元気なキャプテンだね。」
「そうだね。正反対の性格のキャプテンだ。」
「キャプテン同士、これからもがんばろうね。」
中村が右手を差し出してきた。上地はついさっき、中村に女性というものを感じ、少し戸惑ったが、右手を差し出して、軽く握手をした。小さくて、柔らかく、優しく、弱い、そんな手だと、彼は感じた。
上地は自分の心臓がいつもより大きく動いてることを悟られないように、少し笑った。
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