第30話

次の日の放課後、入部届を持って弓道場を訪れた。

「おっ、来た来た。なんだ今年は二人だけか。」

見ると昨日いた一年がいる。丸坊主でしっかりした体つきをしていて、背も高い。昨日は一言もしゃべらなかった奴だ。他に一年の姿はなかった。近寄って行って挨拶をする。

「おれ、上地。よろしく。」

「よろしく。袴田だ。」

上地は、女子の方も気になって、ばれないように盗み見た。同じクラスの中村もいた。女子の一年は五人いた。

それからの上地の高校生活は実に気楽なものだった。彼は、勉強もとりあえず評点三を取って留年しなければいいという気持ちでいたし、部活動も先輩が言ってた通り、まったく厳しくなかった。ただ矢を射るという行為は彼も気に入り、毎日楽しく出来た。それに親友が出来た。袴田という同じ部活に入った同級生が彼の初めての親友となった。上地は常々思っていた。自分には親友と呼べる友達がいない、と。友達はいるけど、映画や漫画で出てくるような、二人で気兼ねなくいられるような友達はずっといなかった。遊ぶときは必ず何人かと一緒に遊んだし、彼の家に誰かが一人で遊びに来るなんてこともなかった。でも袴田は違った。出会って間もないころから部活終わりは二人で同じ方向まで帰ることが自然になっていた。ある日、自転車にまたがり、漕ごうとすると、

「昨日ラジオでさ・・・」

と袴田が上地に話しかけてきた。

「えっ、ラジオ聞くの?」

「うん、聞くけど。でさ昨日さ・・・」

「えっ、ちょっと待って。俺もラジオ聞くんだけど。」

「えっ、マジで。お前も。ラジオ聞くの。ラジオ聞いてる奴なんて初めて見た。」

「いや、俺もだよ。」

「じゃあ、昨日のポリプロピレンのラジオ聞いた。」

「聞いた聞いた。あのインド料理屋の話。」

「そうそう、それ。マジか。お前ラジオ聞くんか。あれ、めっちゃウケたわ。」

「俺も。部屋で一人、声殺して笑ったわ。」

二人、顔を見合わせて笑った。

それから二人は、ラジオの話から、音楽の話、映画の話と盛り上がった。二人の共通の話題もあれば、二人がそれぞれにお勧めの音楽や、映画の話をしたりした。毎日話しても飽きないくらい話題はあった。それから自然と休日の部活終わりには、上地の部屋で、二人で映画を観たり、音楽を聴いたりして過ごすようになっていった。上地は決まって、マグカップにインスタントコーヒーを淹れてやった。ミルクを入れて、角砂糖の数を上地は袴田に尋ねた。

「五個!」

「は?五?入れ過ぎじゃね。普通一個で十分だろ。」

「いいんだよ。甘くないと旨くないだろ。」

「体に悪くないか?」

「俺の体が欲してるんだから、大丈夫だよ。」

そう言って、袴田はいつも角砂糖を五つ入れた。それをいつもうまそうに飲んでいた。

一度だけ上地は袴田に注意を受けたことがあった。お互いが良いと思った音楽の話をしている時だった。上地は主にUKロックを好んで聞いていた。対する袴田の方はアメリカンポップスを好んで聞いていたのだが、袴田がお勧めしてきた三人組女性ボーカルの楽曲をこれ聞いてみなよと勧めてきたときに、

「え~、なんだかこれダサくね。」

と、上地は言ってしまった。その時袴田に、

「おい!人の好きなものを無意味に否定するな。」

と言われた。上地はその言葉にハッとした。【無意味に否定】確かに何か意味があって否定したわけじゃなかった。人が良いというものを、なぜに否定しなければならないのか。人がそれを好きというなら、別にそれでいいじゃないか。自分がそれを否定する理由がどこにある?確かに無意味に否定してしまった。そう思い、

「ごめん。」

と素直に謝った。

「いやいや、そんなに深刻に謝るなよ。」

袴田からすれば、軽く言ったつもりだった。でも上地はそんな言葉が気軽に出てくる性格に尊敬し、こいつは良い奴だな、ほんとに。としみじみ思ったものだった。



「上地君て、袴田君と仲良いよね。」

休み時間、教室の自分の席に座ってボーっとしていると、中村が上地に話しかけてきた。

上地は少し驚いたが、平静を装い、

「うん。まぁ、、、まぁね。弓道部の一年俺ら二人だけだし。ね。」

「いつも楽しそうに何話してるの?」

「まぁ、普通に映画とか、、音楽とか、、、。」

「ふ~ん、、。」

「ああ、中村さんてさ。弓道、、どう?」

「う~ん、、思ったより厳しい。」

「ああ、確かに女子はそうだよね。」

「でも、嫌じゃないよ。だんだん楽しくなってきてるし。上地君は?」

「男子は、相変わらず。のほほんとやらせてもらってます。」

「ふふ、確かに。男子ってそうだよね。じゃあね。」

艶のある黒髪のショートカットに、クリッとした黒目の大きい目。それに気さくな性格。中村は男子の中で人気上位いる。

(確かにあれはモテるわ)

笑顔で女子の輪の中に戻る中村の姿を見ながらそう思った。



一年が過ぎ、無難に評点三を取ってきた上地も無事二年になった。

「お前ら次、新入生入って来ないと廃部になるぞ。」

と先輩に脅されたが、蓋を開けてみれば、九人の大量入部があり弓道部の廃部は免れた。三年最後の県大会が終わり、キャプテンには上地が抜擢された。とは言え、キャプテンだろうが副キャプテンだろうが二人しかいない為、あまり関係はない。だが、上地にとっては初めての後輩に、初めてのキャプテンだ。身の引き締まる想いがある。一年もご多分に漏れず、全員が弓道初心者。素人弓道集団がここに生まれた。上地も袴田も、とにかく丁寧に教えた。一年もそれに対して、一生懸命に応えてくれた。袴田はよく坊主頭を後ろから触られて一年にからかわれている。坊主というのは、もしかしたらそれだけで、人に親近感を抱かせるものなのかも知れない。いや、違うか。あいつのキャラクターのせいだ。一緒に笑いながら、上地は思った。

女子のキャプテンは中村がなった。上地と中村は二年になってクラスが分かれた。一学期が終わりに近づくころ、廊下で中村に呼び止められる。相変わらず人懐こい顔で接してきた。

「上地君、今日さ、部活休みでしょ。夏休みの練習時間の割り振り決めるから、放課後教室で待ってて。」

学校のある放課後は、女子と男子が道場を半分ずつ使って練習するが、日曜や祝日は、女子と男子は一緒には練習しない。午前と午後に分かれて練習することになっている。なので夏休みも午前と午後で別れて練習することになるのだ。

すっかりそのことを忘れていた上地は、

「ああ、そうだね。わかった。待ってるよ。」

と返事をした。



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