第27話
帰りの朝、新幹線のホームまで、叔母が見送りに来てくれた。
「また来てや。おばちゃんもまた帰るけどな。」
「はい、いろいろありがとうございました。お陰様で楽しかったです。」
「ほんとぉ。そう言ってくれたら嬉しいわ。・・・いろいろ大変だろうけど、がんばってね。」
何か、含みのある言い方だったけど、
「はい。がんばります。」
と、素直に答えた。
帰りは思ったよりも早く着いた。岡山で乗り換えも簡単に出来た。不思議なものだ。行と帰りとでは時間の進み方が違う。実家が近づいてくるにつれ、どんどんと彼の中での安心感のようなものが膨らんでくる。汽車の中から海を見たときは、なぜか顔がほころんできた。地元の駅に降り立つと、地元の空気が優しく包み込んでくれているように感じた。
駅から父親に、今着いたことを公衆電話で伝え、迎えに来てもらった。家に着くと母親が、上地の顔を見るなりこう言った。
「おかえり。お土産は?」
「えっ、お土産?何もいらないって言ってなかったっけ?」
「えっ!ほんとに買ってこなかったの!信じらんない。普通そうは言われても何か買ってくるもんでしょ。」
だったら、素直に言えばいいのにと思ったが口には出さなかった。そしてふと、やっぱあのキーホルダー買えば良かったかな、と思った。
帰りの新幹線の中で、上地はずっと考えていることがあった。部活のない夏休みの時間をどう過ごすかという問題だ。新聞配達は慣れたもので、もう終わるのに三十分も掛からなくなっていた。残された時間を、どう過ごせばいいのか?答えは一つしかなかった。東京から帰って来て、二、三日経ったあと思い切って両親に伝えた。
「あの、そろそろスマホ持ちたいんだけど・・・・。」
両親の答えは、思いのほか軽いものだった。
「そうだなぁ、そろそろだな。」
これでイノベーション一つは手に入れた。いや、もはやインフラと言ってもいい。スマホさえ手に入ればこっちのものだと、上地は次の日曜日にさっそく郊外にある大手電気屋に連れて行ってもらい、テレビとスマホと連動出来る小型のスピーカーを自分のバイト代で買った。そしてその日の夕方、両親からスマホをプレゼントされた。受け取ろうと手を伸ばすと、スッとスマホを引っ込める。
「使う前に、一つ約束してほしい。」
母親がいつになく真剣な表情で、上地に言う。どうせ依存し過ぎないようにとかでしょ、と彼が思っていると、
「面と向かって言えないことは、メールやSNSには書き込まないこと。それだけは約束して。」
当たり前だけど、思いのほかズシリとくる言葉だった。
「うん、わかった。肝に銘じておきます。」
そう言ってスマホを受け取り、喜びと共に自分の部屋に入って、テレビとスピーカーの位置を決めて、部屋の模様替えを始めた。スマホには取り扱い説明書が入ってなかったが、感覚で操作方法を覚え、動画アプリ、ラジオアプリを入れ、検索して調べながら、テレビやスピーカーとスマホの機能を繋げていった。一つ達成するたびに、おお出来た!なるほど!と喜びを感じた。気付いたら夜中の二時を回っている。彼は久しぶりに何かに夢中になった。楽しいことに夢中になる。時間があっという間に過ぎる。夢の中に居るようなフワフワした感覚のまま、彼はベッドに入り眠りについた。
彼の思い付いた暇な時間の過ごし方は、一日一本映画を観るというものだ。スマホのお陰で彼の夏休みはそこそこ充実したものになった。それから二学期が始まっても、学校が終わってからも、毎日毎日映画を観た。ジャンルは問わなかった。ドラマ、アクション、サスペンス、ラブストーリー、ドキュメンタリー、映画は彼のスマホの中に何百本と収まっている。そのうちに映画を観る角度が変わってきた。俳優を一生懸命覚えていたのだが、今度は監督の名前を見るようになってきた。これは面白いと思ったら、その監督の名前で検索をかけ、より深くその監督のことを知ろうとした。学校のクラスのみんなの話題が若手俳優のことばかりの中で、自分は映画を、監督を通して作品をみているんだぞ、という他人からすると意味のない優越感のようなものをひそかに感じた。初めて恋愛映画で泣いた映画が彼の一番のお気に入り映画になった。ニューヨークの駅を舞台にした三世代の女性のドラマだ。ランダムに時代が移り変わり、それぞれの時代で男性との恋愛が描かれる。そこにはそれぞれの問題や試練があるが、それを乗り越えて、そして紡いでいく。駅舎や時代は変わっていくが、そこには変わりなくたたずむニューヨーク駅の四面時計があり、その下で皆待ち合わせをして落ち合ったり、時には待ちぼうけを食らったり。女性たちの強さや弱さを見守ってくれる存在の象徴のように四面時計が描かれている映画だ。
夜にはラジオを聞いて過ごした。ラジオは映画とは違う、彼の知らない現実の世界をたくさん聞かせてくれた。聞いたことのない古い音楽は、もちろん彼にとっては新鮮に感じた。ラジオパーソナリティの話は、どれも面白く、テレビとは違い、より正直な言葉に感じる。お笑い芸人やアイドルのちょっとした日常も垣間見えて、気付いたら深夜まで聞くこともよくあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます