第23話
(よし、あとは新幹線に乗っていれば東京に着く)
ホーム内にあるキオスクが目に入った。
(もうすぐ昼か、、、駅弁買っとこうかな)
キオスクに近づくと、
「いらっしゃいませ。」
と声を掛けられた。軽く頭を下げる。弁当の中身の見える写真が並んでいる。上地はその弁当写真よりもすぐ下にある値段に目を見張った。
(高いなぁ、駅弁ってこんなにするんだ。でもまぁ初めての一人旅だし。お金はまだある。よし、買っちゃえ)
「すいません。このすき焼き重ください。」
「はい。すき焼き重ね。君、一人?」
「あ、はい。一人です。」
「どこまで行くの?」
「東京です。親戚の家があるんです。」
「そう、えらいね。中学生でしょ。うちの子も中学生なんだけど、毎日毎日野球ばっかりで、何がそんなに楽しいんだか。せっかくの夏休みなんだから海とか川にでも行けばいいのに。」
「はぁ、、、。」
「お茶はいらない?」
「あ、じゃあお茶も下さい。」
「はい、千三百六十円になります。」
代金を払うと、再びホームに並んだ。一人旅を褒められた心地よい感情と、みんな暑い中サッカーやってんだろうな、という寂しい感情が入り乱れた。
足元見て俯いているところへ、新幹線が間もなく到着するとのアナウンスが流れた。ハッとして顔を上げる。ベルが鳴り、流線型の光沢のある車両が入ってきた。
(うおっ、かっこいい!)
今し方の、彼の入り乱れた感情を新幹線が吹き飛ばしてくれた。新しい風が吹き込んできた。そんな気分だった。自由席を取っていたので、座れるかどうか心配だったが、たくさんの人が降りてきたので、難なく座ることが出来た。しかも隣の席には誰も座らなかったので、遠慮なしに駅弁を食べることが出来た。動き出したと同時に、駅弁を開け
「いただきます。」
と小声で一言。すき焼きの甘いタレが、敷いてあるご飯に絡まって旨かった。彼はゆっくりと味わって食べた。時間はたっぷりとあった。食べ終わって、また窓の外に目をやったが、防音壁が多くて、あまり景色は見られなかった。やることもないので、仕方なく目を瞑る。するといつの間にか眠っていたようだ。腹も膨れて、少し緊張が解けたのだろうか?
(しまった、、、富士山)
どうやら見逃してしまったらしい。「次は品川」というアナウンスで目が覚める。
(降りなきゃ)
急いで荷物をまとめる。新幹線では、ほとんど眠ってしまっていた。まとめるといっても、駅弁の袋と、ペットボトルのお茶をリュックに入れて、上のボストンバックを下ろすだけだ。段々と都会が見えてくる。緑色で染まった地元の景色と違い、コンクリートの色と大小の色とりどりの看板。上地にとっては初めての東京だ。
(着いた、とうとう着いた)
なんだか一人で、にやけてしまう。彼のはやる気持ちを抑えるように、新幹線は徐々にスピードが落としてくる。席を立ち出入り口の所へ移動する。新幹線が完全に停車をし、大げさに扉が開いた。前の人に続いて降り、人の流れに邪魔にならないところに移動してから、リュックを背負った。
5
「あ~、良かったぁ。会えたぁ。」
大きな声の方を見ると、東京の叔母が、人込みの間から、両手を前にして満面の笑みで近寄ってくる。そのまま両腕を掴まれ、
「良かったぁ、よう来たねぇ。おばちゃん、見つけられんかったらどうしようかと、ドキドキして待ってたのよ。大きくなって。ほんとによう来たわぁ。疲れたろ?長い時間かかったろ?背ぇ伸びたね?何センチある?」
上地はまさか迎えが来てるとは思わなかったので、驚いたとともに、嬉しくて、そして安心した。
「迎えに来てくれたんですね。ありがとうございます。」
「何言うてるの、当たり前やん。甥っ子がひとりで東京まで来るのに、迎えにも来ないなんて、そんな薄情な人おらんよ。」
「ありがとうございます。」
彼は再び礼を述べた。叩かれた肩が心地よかった。そこから山手線に乗り換えた。人がうじゃうじゃいて、誰もが何処かに急いでいるようだ。東京の叔母も同じように急ぎ足で歩いた。上地も必死で後を追う。山手線のホームに着く。電車が来る。叔母がぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り込んだ。
(えっ、これ無理じゃね)
初めて見る満員電車に乗り込むところ、二の足を踏んでいる上地の手を叔母が引っ張る。
「何してるの、早く乗って。」
わずかに空いてある空間に足を入れる。ベルの後、ドアが閉まる。
「あっ、やばい。」
ボストンバックが扉の外にある。中途半端に乗り込んだ上地のせいで、ボストンバックだけが電車のドアの向こう側にある状態になった。叔母がドアをこじ開けようとするが無理だった。電車が動き始めた。
「大丈夫よ。すぐ次の駅に着くから。離さないでしっかり持っててね。」
「はい。」
初めての東京の人だかりと、山手線の洗礼を受けて、上地の顔は引きつっていた。軽いボストンバックが電車の外で風圧に揺れている。叔母の言う通り直ぐに次の駅に到着した。
「ほら、着いた着いた。」
安心させるように明るく叔母が言ったが、反対側の扉が音を立てて開いた。振り向き開いた扉の方を見る。それから二人で顔を見合わせ、そして笑った。彼の顔は、もう引きつってはいなかった。
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