第22話

あれから二か月が経ち、上地の手元には二か月分のバイト代がある。そして夏休みに入ったばかりだ。部活動をしていない中学二年生の彼には時間とお金とがあった。時間とお金があることで、何かをしなければならないという強迫観念のようなものが彼の中にはあった。部活を自分だけが辞めてしまって、逃げ出してしまったという申し訳なさのようなものなのか、弱い自分を情けないという感情なのか、とにかく動かなきゃという、彼自身にもはっきりとわからないようなモヤモヤしたものが心の中に渦巻いていた。

(よし、旅に出よう)

そう思って、夕食時に両親に相談すると、

「好きにすればいい。」

と言ってもらえた。夜ベッドの上で天井を見つめながら考え出した彼の答えがそれだった。

さっそく計画に取り掛かった。行先は東京にある父方の親戚の家だ。翌日父親に言うと電話をかけてくれた。

「『いつでも来ていいよ。楽しみに待ってる』だってさ。新幹線で行くんだろ?学生割引とかあると思うけど、今から駅に行って聞いてみるか?行く日はいつにするんだ?新聞配達も休まないとな。」

「はっきりとは決めてないけど、、、、。」

「そっか。じぁあとりあえず駅に行って聞いてみるか。何泊するつもりだ?」

「まぁ、二泊三日でしょ。」

「たったそれだけか?移動で結構時間つぶれるぞ。岡山で新幹線に乗り換えてそれから東京までだから、六、七時間かかるかもよ。もうちょっと居れば?」

「いいのかな?じゃあ三泊四日?」

「たいして変わんないな。まぁでも、そんなもんか。あんまり長居してもあれだしな。」

「じゃあ、とりあえずバイト休めるか聞いてみる。」

上地はバイト先の中江新聞販売所に電話を掛けた。電話を切ると、

「いつ休んでも大丈夫だって。夏休みだもんね、楽しんできてねって言ってくれたよ。」

父親にそう告げると、

「じゃあ、行くか。」

立ち上がりそう言うと、車で一緒に駅まで行き、日にちを決め、学生割引で東京までの汽車と新幹線の往復券を発行してもらった。もちろんお金は上地自身が働いて手に入れたお金で支払った。


旅の当日。上地は父親に駅まで送ってもらった。ボストンバッグに入っているのは着替えだけだったので、そんなに重くない。夏なので半袖の上着とボトムスと、あと靴下と下着だ。中学二年生の旅は身軽なものである。小さめのリュックにはスナックとペットボトルのジュースが入っている。ほんとに荷物が少なかった。上地自身もこれだけでいいのかな?と首をかしげたが、特に持っていくようなものは思い浮かばなかった。

「じゃあね。」

「おお、気を付けてな。」

改札を抜けて、岡山行きの汽車に乗り込む。特急列車は始発だったため、ずいぶんと空いていた。窓際の席に腰を下ろし、改札の方を見たが、もう父親の姿はなかった。とりあえず、リュックからペットボトルのジュースを出し、前の席の後ろに備え付けられているテーブルを出し、そこに置いた。席に着いてから十分ほどで特急列車の扉が閉まり、動き始めた。窓の外を見る。駅を出たすぐのフェンスの所に父親が立っていた。あちらから汽車の中の上地のことが見えるのか彼にはわからなかったし、手を振るのも違う気がして、彼はただ立っている父親を、数秒間見つめた。もう帰ったかと思っていた父親を見つけて、少し嬉しさを感じた。

 岡山までは四時間ほどかかる。上地は車窓からの景色をただ眺めていた。時々草木の間から海が見えた。田んぼや畑を見たり、住宅を眺めたり、遠くの山や空を見た。とにかく窓の外に色々な景色を探した。不思議と退屈さは感じなかった。小さな高揚感さえある。一人旅。そう、初めての一人旅だ。無事に目的地までたどり着く。それが今、とりあえずの目標だ。

 大きな橋を渡り、無事に岡山に着いた。新幹線に乗り換えだ。十五分ほど乗り換え時間に余裕はあるが、まずは確認を急いだ。汽車を下りて、急いで五番線を探す。ホームの階段を上るとすぐに五番線へと降りる階段を見つけた。早足で降りる。まだ来ていないようだ。

(ここで合ってるよな、、、。)

きょろきょろしていると電光掲示板が目に入った。流れてくる橙色の文字を見ると確かにここ五番線で合っている。そう確認し、安心して軽く息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る