第21話

ある日の配達が終わって販売所にあまりの新聞を置きに行った時、おばさんが、

「上地君。ちょっとお願いがあるんだけど・・・。」

と言ってきた。

「なんでしょう?」

「急なんだけど、明日から三日間だけでいいから朝刊配ってくれない?今上地君が配達してくれている地域なんだけど。」

「ああ、いいですよ。」

彼は二つ返事で承諾した。というのもいきなりバイトで雇ってくれと言って来た自分をすんなりと受け入れてくれた恩を少なからず感じていたからだ。

「ほんと。助かるわ。配達先は夕刊の倍くらいになるけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です。朝何時くらいに来たらいいですか?」

「ありがとう。じゃあ明日四時に来てもらえる?」

「えっ、四時ですか?」

上地はびっくりして思わず聞き返してしまった。朝刊を配る人はそんな朝早くから仕事をしているなんて知らなかったからだ。だが、思えばそうだった。布団の中で何度もカブの音を聞いた。それはいつも、まだ日が昇る前のことだった。

「うん、大丈夫そう?」

「は、はい。大丈夫、、です。」

「じゃあ、ちょっと待ってて。地図持ってくるから。」

上地はピンクの蛍光ペンで印されている、地図のコピーを受け取った。


翌朝、目覚まし時計が三時半に鳴り出した。上地が前日にセットしておいたものだ。彼はそれを直ぐに止めた。というのも目覚ましが鳴る五分ほど前にすでに目覚めていたのだ。すぐにベッドから起き上がり、音を立てないように着替えをし、家を出た。辺りはまだ真っ暗だ。遠くの方で鳥の声が聞こえる。自転車にまたがり新聞販売所へと急いだ。

 町の一角に一つだけ明かりが見える。そこの前で自転車を停め中に入る。

「おはようございます。」

上地は驚いた。すごい人数の人がいる。狭い部屋に十人以上の大人たちがきびきびと動いていた。いや、働いていた。

「あっ、上地君、おはよう。」

聞きなれた声の方を見ると、夕方と何ら変わらないおばさんがいた。

「おはようございます。・・・なんかすごい忙しそうですね。」

「そう?いつもの朝よ。」

「あれって・・・・」

「ん?」

「新聞の折り込み広告って、手作業でやってるんですか?」

「そうそう。ああやってね。毎朝一部一部手作業で挟んでいくの。」

「そうなんですね。へぇ~。」

彼にはすべてが新鮮に見えた。

「雨の日なんかもっと大変よ。アメビっていって一部一部ビニールに包んで。」

「ああ、あれか。見たことあります。アメビ?って雨とビニールって意味ですか?」

「ふふっ、そうよ。単純でしょ。」

「新聞販売所って大変なんですね。」

「大変よ。新聞には、日曜も祝日もないし。」

「えっ?あっそっか。言われてみれば、毎日ありますね、新聞。そっか、、そうですね。」

上地は初めて当たり前のことが当たり前じゃなく、人々の努力によってその当たり前が形成されていることを知った。

「さあさあ、ぼうっとしてないで、これお願いね。」

「あっ、は、はい。」

そう言って指さされた新聞の束はいつもの倍以上の厚みがあった。

「おっ、重いですね。」

「朝刊は夕刊に比べて厚いからね。がんばって。」

そう言われて彼は背中を押されて外に出た。自転車の籠にぎりぎり新聞の束が入った。ハンドルが取られるほどの重さだったが、慎重に腕と足に力を込め、動き始めた。町が少しずつ動き出している。彼はそんな気配を微かに感じていた。


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