第20話
慌てて山手を追いかける。山手は新聞の束をカブの前かごにどさっと入れ、またがってクラッチを蹴ってエンジンをかけた。上地も急いで自転車にまたがる。
「じゃあ、ついてきて。」
山手は振り返り、上地にそういうとゆっくりと走り出した。
「は、はい。お願いします。」
上地はカブのお尻を見ながら必死でついて行った。いくらかはゆっくりと走ってくれているようだ。ぶっきらぼうだけど、良い人なのかもしれない。五分くらい走ると山手が止まった。上地は山手の横につく。
「だいたい、ここら辺一帯が君にやってもらう配達地域だから。まぁ、夕刊は少ないからすぐに覚えれると思うよ。あとで地図もらえると思うけど、二、三回は一緒に回ると思うから、その間に覚えてね。」
「はい。わかりました。」
それから彼は山手の後ろに付いて行き、なるべく山手が新聞を入れた先の表札と家の外観を頭に入れるよう努力した。30分ほどで全部配り終わると、山手は、
「どう、簡単でしょ?」
と聞いてきた。
「はい、まぁ。」
「これ、一部余ってるけど、予備だから。」
そう言ってカブの前かごに残っている新聞を指して言った。
「夕刊だけ?朝刊はしないの?」
「そうですね。とりあえず夕刊だけで・・・」
「夕刊だけだと、全然稼げないよ。」
「はぁ・・・」
「そっか、学生だから軽くこずかいが増えればいい程度か。そうか。なるほどね。」
山手は一人納得したような言葉を発し、販売所へ戻って行った。上地も後を追う。
「戻りましたぁ~。」
山手はそう言って扉を開けて中に入っていき、余った新聞一部をテーブルの上に置いた。
「は~い。おつかれさまぁ。」
そう言いながら奥から出てくるおばさんには目もくれず、山手は出ていった。
「ああ、ええと、上地君だ。どうだった?出来そう?」
「はい。」
「そう。良かった。一応三回くらいは山手さんと一緒に回ってもらうけど、その後は一人でお願いね。」
「はい。山手さんもそう言ってました。」
「そう。ええと、これが配達地域の地図ね。ピンクで印付けといたから、これは持って帰って。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言って上地が受け取った紙には、ピンクの蛍光ペンで印がつけられている地図があった。驚いたことに一軒一軒名前が記載されてある。
「こんな地図あるんですね。」
「そう、そんな地図があるんです。」
おばさんはまた、にこりと笑った。
「給料は、配った部数で計算するから。夕刊四十部くらいじゃそんな大きな金額にならないけどいいの?」
「はい。大丈夫です。それでやらしてください。」
「そう。じゃあ明日からよろしくね。四時には準備できてるから、遅くても五時にはここにきてね。」
「はい。わかりました。じゃあ、明日からよろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた上地の胸には、小さくではあるが高揚感みたいなものがあった。
それからは毎日学校がある日もない日も夕刊配りが続いた。始めは五十分くらいかかっていた配達も、四十分かからないくらいに早く配り終わることが出来だした。配達先を覚えるのは、ほんとにすぐに覚えることが出来た。たまに庭先に出ている家主に、
「夕刊です。」
と言って手渡すと、「ご苦労様。」だとか、「ありがとう。」と言ってもらえるのが、中学生で初めてのバイトをしている彼にとってはこの上なく嬉しかった。
一か月たって、初めて給料をもらったときには驚いた。それは茶封筒に現金で入っていた。お金のことは考えず、ただ何もしていない時間がもったいないという理由で始めた新聞配達だったが、中学生の彼にとってはびっくりする額が入っていた。同封されている明細を見ると、確かに一日一日の額は小さいものだけど、一か月続けると当たり前だがこんなにも太い額になることを知った。十分過ぎる額だった。
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