第19話

あれから一週間が経った。

(暇だ)

上地はすでに時間を持て余すようになっていた。家に帰ってもやることが無い。ただ意味もなくテレビをつけて、自分にはさしたる意味も無いような夕方のニュースを眺めていた。自由を手に入れたと喜んでいたのはわずか二、三日だった。四日目ですでに飽きていた。学校に行って、帰って来てテレビを見て、飯を食って、風呂に入って、寝る。また起きて、学校に行って、帰って来てテレビを見て、飯を・・・・。

(ダメだ、何かしなくちゃ)

彼はそう思うようになっていた。自由というものは、言い換えれば自由という名の責任を負うようなものだ。彼は考えた。頭に一番初めに浮かんだことは、暇な学生=バイトという安直な考え。しかしまだ中学生。中学生でも出来るようなバイトと言えば、、、そう、新聞配達だ。そう考えた。丁度近所に新聞販売所がある。

(よし。新聞配達のバイトしよう)

そう思い、父親が仕事から帰って来た時に話をしてみた。

「父さん、、あの、新聞配達のバイトしようと思うんだけど、、いいかな?」

上地は、恐る恐る聞いた。

「好きにすればいい。」

意外にもすんなりと聞き入れてもらった。あとは、バイトを募集しているかどうかだ。


翌日、学校帰りに新聞販売所を訪ねた。建物に[中江新聞販売所]と看板が張られていた。

(中江っていうんだ。近くなのに全然知らなかったな)

そう思いながら、

「こんにちはぁ~。」

と言いながら、鈍銀色サッシを開けて半身を入れると、中には学校でも見たことがある茶色い折り畳み式の長方形のテーブルが中央に二つくっつけて設置されてあり、両サイドにも一台ずつ壁につけられてあった。テーブルの上には新聞が束になって所々に置かれている。彼は人生で初めてのバイトが始まるのかと少し緊張していた。

「は~い。」

奥から返事が聞こえた。すぐにおばさんが出てきた。背の低い、丸顔の人の良さそうなおばさんだ。

「はい。何でしょう?」

「あの、新聞配達のバイト雇ってないかと思って来たんですけど、、、。」

幾ばくか警戒心の現れていたおばさんの顔が、ぱぁっと明るくなった。

「ほんと?ありがたいわぁ。今人手不足で大変なのよ。あっ、でも夕刊?朝刊?」

「えっと、、夕刊の方で。」

「あ~,やっぱり。ほんとは朝刊の方がいいんだけど。まぁいいわ。夕刊でもお願いします。君、中学生だよね。何年生?」

「あっと、、二年です。」

「背ぇ高いね。」

「いや、そうでもないですけど、、、。」

「そうなんだ。今の子はみんなすらっとしてていいわね。名前は?」

「あ、上地です。あの履歴書とかやっぱいるんですかね?」

「ううん。いらないいらないそんなもん。うんと、、でも一応ここに名前と住所と電話番号書いといて。」

気さくなおばさんだった。上地の緊張もいつの間にか消えていた。

「もうすぐ配達の山手さん来るから、まずその人に付いて行ってくれる。」

「あっ、はい。」

名前を書きながら、返事をしたとき

「うぃ~す。」

そう言って、ヘルメットをして眼鏡をかけた小太りのおじさんが入ってきた。白いTシャツにベージュのチノパンをはいている。黒いスニーカーはだいぶ薄汚れていた。

「あ、来た来た。山手さん、こちら今バイトしてくれるって来てくれた、え~と・・」

「上地です。」

「そうそう、上地君。」

上地は名乗りながら、山手と言われる男に頭を下げた。

「今から、この子連れて一緒に配達回ってくんない。とりあえず山手さんが今回ってくれているところやってもらおうかしら。夕刊は四十部くらいよね。」

「はい、そうですが。」

「うん、だったらまぁ、大丈夫でしょ。ね、上地君。」

「はぁ。」

なんだか勝手にどんどん話が進んでいっているようで、彼の頭は追いついていなかった。

「自転車よね。」

「はい、表に停めています。」

「山手さんカブだけど、頑張ってついて行って。上地君の住所は・・・」

そう言って上地が書いたメモ用紙を見て

「うん、学校と家との間辺りだから、大体わかるわね。じゃあ山手さんお願いします。」

「はいよ。」

そう言って山手は夕刊の束を手に取り、出ていった。

「えっ?今からですか?」

山手とおばさんを交互に見ながら、おばさんに聞くと、

「うん、頑張ってね。」

そうニコリと返された。

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