第18話

「おい、カミさ。一緒にサッカーしない。」

「えっ、サッカー?」

「あ、いいね。カミも一緒にしようよ。」

「サッカーかぁ、板やんもやってるんだよね。」

「うん。毎週火曜日と金曜日。カミさ、今日見てて思ったんだけど、体育で結構うまかったよね。」

「そうそう。だからさ、オレ、カミってサッカーのセンスあると思うんだよね。」

「シーマとオレと、あと他の学校のやつで三年生今十人なんだよ。カミが入ると丁度十一人。」

「おお、そしたら三年だけでチーム組めるな。」

「な、良いだろ、その考え。」

「おお。なぁカミィ、一緒にやろうよ。」

「う~ん、なんか楽しそうだな、それ。」

「絶対楽しいいから、な。」

「試合とかもあるの?」

「まだ、三年だから試合は出来ないけど、五年なったら日曜日とかに試合してるみたいだよ。」

「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、帰ったらお母さんに聞いてみる。」

「おう、聞いてみてよ。」

「ぜったい、一緒にやろうな。」

初めて練習に参加した時の緊張感は今でも覚えていた。上地は元々人見知りなところがあったけど、島と板倉以外のみんなも優しく迎えてくれた。彼にとって初めての習い事だったけれど、ほんとに楽しく出来た。サッカーが好きだと思った。誕生日にはサッカーボールをねだって買ってもらった。センスがあるって言われたけど、彼はそうは思ってなかったし、他のメンバーとは明らかに成長の度合いが違った。それでも何とか置いて行かれまいと一人堤防で壁相手に練習をした。ほとんど毎日サッカーボールに触れて過ごした。ボールに触らない日はなかったかもしれない。ぼろぼろになったサッカーボールをみて、父親が何も言わず新しく買ってくれてた時は、飛び上がるほどに喜んだ。好きなものが見つかった。好きなことを続けられた。中学にあがって全員でサッカー部に入ろうと話し合った日は、胸がドキドキした。中学生活がどんなものになるのだろうとワクワクした。でも、ダメだった。先程板倉に[サッカーが嫌い]と言った言葉は、上地自身も驚いた言葉だった。でもそれは嘘ではなかった。サッカーボールを見るのも、している姿を見るもの、サッカーという言葉の響きさえも、どこか、胸が苦しくなるほど嫌悪していた。言葉にして初めてそのことに気付いた。あんなに好きだったものが、ここまで嫌いになるものなのかと、上地は理解できない気持ちの変化に苦しんでいた。涙が止まらない。鼻水も出て、彼の顔はぐしゃぐしゃだった。

「おい、鼻かめや。」

話し終わった水口が、ティッシュの箱を持ってきて、汚いものを見るかのように見下しながら、上地に差し出した。

「ありがとうございます。」

そう言って二枚引き抜き、思いっきり鼻をかんだ。

「ほら、もういいから。昼休み終わるぞ。」

めんどくさいのか、水口は上地を追い出そうとするようにそう言った。

「はい。では失礼します。」

上地は顔も見ずに、礼をして、職員室を出ていった。

「ふぅ。」

息を吐く。手洗い場が見えたので、蛇口をひねり、おもいっきり顔を洗った。涙を隠さなくちゃ。そう思った。蛇口から流れる水をひと時見つめる。

「おしっ。」

小さくそう言って顔を上げた。終わった。すべて終わった。これで全部終わった。涙も流した。彼はなんだか心のわだかまりが取れていることを感じていた。

 学校が終わり、一人で帰宅した。帰る時も堂々と帰ることが出来た。以前部活をサボって帰った時とは雲泥の差があった。こんなにも自由なものなのかと驚いていた。そうだ。自由だ。これが自由ってやつなんだ。産まれて初めて自由を手にした。そんな気分に浸りながら帰宅した。

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