第17話
教室の入口で小さく深呼吸をする。もうすでに他のクラスメイトは教室に入っている。久しぶりに聞く教室のざわめき。少し緊張した面持ちで足を踏み入れた。
「あっ、上地だ。」
「おお、久しぶりだなぁ。」
「ほんとだ。上地が来た。」
意外にも、みんな明るく迎えてくれた。どうやら誰も彼が悩んで休んでいたことは知らないようだった。苦笑いを浮かべながら窓際の自分の席に着く。ほどなくしてチャイムが鳴り、担任の武政が教室に入ってきた。上地は何となく視線を感じたが、武政の方は見られなかった。
彼は休み時間もトイレに行く以外は、なるべく教室で過ごした。他のサッカー部員に見つかりたくなかったのだ。幸いにもクラスにはサッカー部員は居なかった。昼休みになり、上地は弁当を食べ終わった後、ゆっくりと立ち上がった。
(けじめをつけなきゃな)
そう思い、息を吐いて教室を出る。階段を下りていると、踊り場で板倉にばったりとあった。
「オス。」
上地はそう言って通り過ぎようとしたが、
「カミ!」
板倉に、とっさに腕を掴まれ立ち止まった。「カミ」は上地の小学校の時分のあだ名だ。彼は久しぶりに自分のことをそう呼んだ板倉の顔を見た。
「お前、サッカー辞めんのか。」
黙ってうなずく上地。
「先輩たちだろ。もうすぐだ。もうすぐ。夏の県体が終われば、あいつら居なくなるって。もうちょっとの辛抱じゃないか。」
「・・・ごめん。」
「なんでだよ・・・。」
「そうじゃないんだ。・・・オレ・・もう・サッカー嫌いになったんだよ。」
板倉は驚いた顔をしていた。板倉は、上地が来ない原因は先輩たちだと決めつけていた。あいつらが居なくなればきっと上地は戻ってくる。そう思っていた。でも上地の口から出た言葉は、[サッカーが嫌い]であった。それを言われたら、もう無理だ。嫌なことを押し付ける訳にはいかない。ずっと一緒にやってきた。そしてこれからもきっと一緒にやれると思っていた。残念だ。残念だが、仕方がない。そこまで上地が追い込まれていたなんて、考えもしなかった。原因は先輩たちには変わりないと思うが、サッカー自体を嫌いになるなんて、思ってもみなかった。
「・・・そうか。」
そう言って、板倉はずっと掴んでいた上地の腕を放した。
上地はそのまま振り向きもせずに階段を早足で降りて行った。
職員室の扉を開ける。水口は椅子に腰かけ、他の男性教諭と談笑しているところだった。
「失礼します。」
入るなり、水口と目が合う。
「おお、上地。来たか。こっち来いや。」
武政から、今日上地が学校にきたことを聞いていたのだろう。すぐに上地をベランダへと連れて行った。
「まぁ、座れや。よう来たな。」
パイプ椅子を二つ用意して、一つは自分が腰掛けた。上地もそれに座る。上地は座るや否やこういった。
「サッカー部、辞めさせてください。」
そう言って、頭を下げた。
「今日は、ほんとによく来た。一度長く休んだら、来にくいものだろ。まぁ、お前がそんなに悩んでたとは知らんかった。あれだろ。前回の地区大会のことだろ。あの時のミスパスな。あれが確かに決定打にはなったけど、ミスなんていちいち気にせんでもえいのに。ミスしたら、また一生懸命練習して、取り返したらいいんだよ。人生ってものはトライ&エラーを繰り返してだな、そして成長していくもんだよ。たった一度のミスなんて気にしちゃだめだ。失敗は成功の元なんて言葉もあってだな・・・・・・」
上地は頭を下げたまま、涙を流していた。どうにも涙が止まらなかった。板倉が自分を引き留めようとしてくれたことが、嬉しかったし、それに応えられない自分が情けなかった。思えば小学校三年の時、帰り道で島と板倉がサッカークラブに誘ってくれたのが彼のサッカーの始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます