第16話
上地が学校に行かなくなってから、二週間が過ぎていた。彼は学校にかないことが当然のようになりつつあった。
夕方のニュースを見るともなしに見ていたら、急な来客があった。担任の武政だ。
「こんにちは。おお上地、元気そうだな。」
上地は、リビングで横になって片手で頭を支えるような格好でテレビを見ていた。リビングの扉が開いていて、ちょうど玄関からリビングまで見通せる状態にあったため、彼はあまりにくつろいでいる自分を見られて、少し焦った。すぐに座り直し、
「こんにちは。」
と言った。母親と少し話していると思ったら
「おい、上地。ちょっと外でないか?」
と武政が聞いてきた。
「今日は外出たか?」
「いえ・・・出てないです。」
「まだ日が沈むまで時間があるから、ちょっと出ないか?」
「あんた、行ってきなさい。忙しいのに、先生がこうしてせっかく来ていらっしゃってるんだから。」
「いえ、お母さん。僕そんなに忙しくはないんですよ。」
武政は笑顔で否定した。
「すいません、ほんと。ほら、早く動きなさいよ。」
上地は起き上がり、靴を履き、武政の後を付いて行った。近くの土手まで歩く。
「まぁ、ちょっと座れよ。」
そう言って武政は土手にあるコンクリートでできた階段に腰掛けた。言われた通りに上地は隣へ座る。目の前には、夕日が山の後ろへ沈みかけていた。空がグラデーションに塗られている。
「いい所だな、ここは。先生の実家な、ここから車で四時間くらいかかる山の奥にあるんだよ。同じ県内で四時間もかかるんだぜ。信じられるか?ほんと何にもない所でさ。ここは適度に店もあって、自然もあって。住みやすいだろ?お、ひばりだ。ほら、あそこ。見えるか?上地はひばりの卵、探したりして遊んだことあるか?ないか。そうか。ゆっくりと草むらを歩いているとさ、バッってひばりが飛び立つんだ。そんで、その飛び立った辺りを探してると、このくらいの、ほら指先くらいの小さな卵が巣の中に二、三個あるんだよ。それを・・・」
武政は、一人でずっとしゃべっている。上地はぼんやりと聞きながら、他のことを考えていた。
(この人は、今からまた学校に帰って仕事するんだろうな。忙しくないって、どうせ嘘だろ。結婚は?家庭はあるのかな?早く自分の家に帰ってくつろぎたいだろうな。俺みたいなやつに迷惑かけられて。わざわざ家まで来て、たわいもない話して。めんどくさいだろうな。誰かに迷惑かけたくて学校休んでるんじゃないのに。嫌だな。他人に迷惑かけるのって)
いつからだろう?彼は人に迷惑をかけることを嫌った。幼い時分、母親に絵本を読んでとせがんだ時、あからさまに、いやいや読まれた時からだろうか?それとも父親に一緒にサッカーのパスの練習をしてくれと頼んだ時、嫌そうにため息をつきながら一緒に付き合ってもらった時からだろうか?とにかく彼は迷惑をかけることを嫌っていた。
「先生。」
「ん?」
上地は武政の話を遮り、呼びかけた。
「僕、明日、学校行きます。」
「えっ。」
「・・・」
「お、おお。そうか。そりゃ、良かった。あ、い、いや、まぁ無理すんなよな。そうだ、クラスの連中には風邪だって伝えてあるから。」
上地は実際、きっかけを探していた。二週間。彼が学校に行かなくなってから二週間が経っていた。彼自身も、いつまでもこうしていられる訳はないと思っていたし、そろそろ行かないと、本当にもう一生、学校に行けなくなるのではないかと危惧していたところだった。だから本当にありがたかった。こうやって様子を見に来て、きっかけを与えてくれたことに感謝していた。ただその感謝を素直に口に出せるほどに、彼はまだ成長してなかった。
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