第14話
次の日、朝出かけようと玄関を出る。
「行ってきます。」
そう言って、玄関から二、三歩進むと、再び玄関の開く音がして振り返った。
「どこに行くんだ?」
父親が玄関のドアを抑えたまま、こちらを見ていた。
「・・・・河原。」
正直にそう答えた。前日に学校の方から上地が二日連続で休んでいるとのことで、心配の電話が家にあった。そこで両親は初めて息子が学校に行ってないことを知ったのだ。朝、誰よりも早くに学生服を着て出かける息子。サッカーの朝練に真面目に行っていると思っていたのに。何か親には言えないような、悩み事があるのではないか?電話を受けた母親は、息子に対して何も言えなかった。何も聞けなかった。夜遅くに帰ってくる夫に相談した。父親も驚いた様子で、
「明日の朝、聞いてみる。」
と、答えた。父親の朝はいつも遅かった。息子が学校に行ってから三十分後くらいにいつも目覚めていた。この日は玄関の開く音で目覚め、急いで息子を追いかけた。どこに行くんだという父親の問いかけに息子は意外にも正直に答えてくれた。父親は小さく安堵のため息をつき
「学校に行かないなら、家に居なさい。」
とだけ言った。
上地の方も安堵した。今日もまた、河原で時間をつぶさなくてはならないと少し嫌気がさしていたところだった。彼は素直に言うことを聞き、扉を開けたままの父親の脇を通り、玄関に入り、靴を脱ぎ、そのまま二階の自分の部屋に閉じこもった。
上地は部屋に入り、ベッドに横になると、耳をそばだてた。もしかしたら、部屋にあがって来ていろいろ聞かれるのではないか、いろいろ言われるのではないかと構えていたのだ。しかし、父親は二階には上がってこず、しばらくすると玄関から出ていく音がした。仕事に行ったようだ。
上地は再び安堵し、
(さて、今日は何をしようか?)
と考えた。家の中に居て良いことにはなったが、何もすることが無いということには変わりがない。しばらく天井の模様を眺めながら物思いにふけった。
目が覚めて時計を見ると一時間程、時間が過ぎていた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。上地の部屋にはテレビも、ラジオも音楽機器さえもなかった。彼は起き上がって漫画本を手に取り、またベッドに横になって読み始めた。手に取ったのは一巻だった。何度読み返したか知れない漫画本を、また初めから読み返し始めた。
しばらくすると母親の出かける音がした。パートに行く時間だ。母親が居なくなり、しばらくしてから上地は一階に降りた。もうすぐ昼だ。家の中には誰も居ない。台所のテーブルの上には、昨夜のおかずの残りと、卵焼きと漬物とが出されていた。炊飯器を開けると、炊き立ての湯気が上がってきた。母親が上地の為に黙って用意してくれていたようだ。
(ああ、そうだ。弁当あるんだ)
そう思い出し、二階へ上がり弁当を持ってまた降りてきた。
「いただきます。」
一人、声に出し、手を合わせてから食べ始めた。弁当のご飯を食べ終わると、せっかくだしと思い、炊き立てのご飯をおかわりした。なんだかそれは、いつもより旨い気がした。
食べ終わるとまた自分の部屋に閉じこもり、漫画の続きを読み始めた。
夕方になり、母親がパートから帰ってくる。それから数分して来客があった。母親が誰かと玄関先で話している声が聞こえる。客が帰った音を確認してから、上地はリビングへ降りて行った。
「誰か来てたの?」
彼は自分でわかりきっていたことを聞いた。
「先生よ。あなたのことを心配して来てくれたの。」
「武政?」
「そうよ。病気かと思ってたみたいね、先生。身体は大丈夫ですって言ったら、安心しましたですって。まぁ、少し休んでください、無理に来ることはないですからとも言ってたわよ。」
「ふ~ん。」
上地は、なんだか気が抜けた気がした。呼び出されて、いろいろ聞かれたり、言われたりするのではないかと気を揉んでいたからである。とりあえず学校を休むことを許可されたと思い、少し安心したのであった。それからは堂々と学校を休んで、家でのんびりと過ごした。小学生の弟は、
「なんでお兄ちゃんだけ学校休めるんだよ。ずるい。僕も休みたい。」
なんて駄々をこねてたけど、高校生の兄は、特に何も言わず、何も聞かなかった。おそらく兄にも中学の時はいろいろ悩みがあったから、何となく弟の気持ちがわかっているのだろう。
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