第13話
次の日も、同じように、
「いってきます。」
と言って家を出て、真っ直ぐ河原に向かった。朝早いので、他の生徒に出くわすことはなかった。
昨日と同じように橋の下に座った。
(さぁ、今日はどうしようか?)
昨日とは違い、思考が軽くなっていた。昨日の彼に頭の中は、もう自分の居る場所がない。どこにも行くところがない。そんな考えでいっぱいで、苦しかった。しかし、一日経つと思考が軽くなっていた。余裕が出てきたとてもいうのだろうか?少し時間をもてあそぶようになっていた。登校時間が過ぎるまでは、誰にも見つからないように、じっとしていた。
それから、昨日と同じように川岸に向かい、昨日と同じように水切りをして過ごした。この日は天気が良かった。日陰にいるとあまり暑さを感じないが、日向に出ると日差しがきつく、少し汗ばんだ。
(喉が渇いたな。)
そう思ったが、彼はお金を持ってきてなかった。自動販売機でジュースを買うことすら出来なかった。
(そうだ。)
彼は思うところがあり、土手を越えて町へと向かった。
オフィスビルのある駐車場に上地は居た。彼は車の間を、足音を消しながら歩いている。車の運転席の窓から中を見る。そう、彼は小銭を探していた。大人たちは車の中にいくらかの小銭を置いている。自身の父親がそうであったため、彼はそれが当然のことのように思うところがあった。何台目かの車を覗いたとき、やはり、と思った。運転席と助手席の間にいくらかの小銭が置かれていた。百円玉もある。あれがあればジュースを買うことが出来る。白のセダン。何気ない様子を装いながら辺りを見渡す。オフィスビルの駐車場側に窓はないため、人が居なければ誰かに見られるという心配もないはずだ。誰も居ない。よし。窓を割って、小銭を手に入れよう。ひじで窓を割る。体を車内に入れ、小銭を盗る。簡単なことだ。想像する。パラパラと座席の上に落ちる窓ガラスを想像する。でも彼にそんな悪行は出来るわけもなかった。それをした後に、どういったことになるのか想像できないほど馬鹿ではなかった。彼は小銭を見て、窓ガラスを割り、それを盗る想像をして、そして終わった。それで十分だった。それでなぜか満足した。そして結局、何もせず、また河原へと戻って行った。
土手の上を、下を向きながらトボトボと歩いていた。ふと顔を上げると自転車に乗った警察官がこちらに向かってくるのが見える。
(あっ、やばい)
先程まで小銭を盗もうかと考えていた後ろめたさもあったのだろう。彼は少し不安な気持ちになった。近づいて来る警察菅。上地は目線を川の方に移した。キキッとブレーキを鳴らし、二人がすれ違う少し手前で警察官は止まった。
「君、学校は?」
少し歩いて振り返り立ち止まった。若い男の警察官だ。
「頭が痛いので、早退して今家に帰るところです。N中学校の2年2組。担任の先生は武政です。嘘だと思うなら、電話して聞いてみてください。」
上地の口から、自分でも信じられないように嘘が滑らかに出てきた。警察官は一瞬たじろいだ。
「お、おう、、そうか。」
「行っていいですか?」
「あ、ああ、、気を付けて帰れよ。」
上地は警察官の言葉を最後まで聞かずに、前を向いて歩き始めた。彼は心の中でほくそ笑んでいた。
(ビビってた。あの警察。)
とっさについた嘘で、自分が警察に勝った気がしていた。若い警察が少したじろいでいた。初めての感覚だった。自分の言葉で誰かがビビることなんて、考えたこともなかったし、そんな経験もなかった。しかも警察だ。優越感というものを感じていた。自分の立ち位置の方が上にある。そんな感情で心がいっぱいになりそうな時、別の感情も湧いてきた。彼は振り返る。真っ直ぐな土手の上の道、警察官の姿はもうどこにもなかった。
(八つ当たりだ。)
そう、それは紛れもない八つ当たり。せめて警察の後ろ姿に謝ろうと思い振り返った。謝りたかったけど、それも出来なかった。彼は今の自分が嫌いだった。何もしないで、何も出来ないで、ただ時間をつぶしているだけの自分。学校から、部活から逃げ出した自分。誰にも相談出来ず、一人でいる自分。そんな自分が嫌でしょうがなかった。若い警察をビビらして、優越感を感じる自分も嫌だった。彼は誰も居ない土手の道を真っ直ぐ見て、
「ごめんなさい。」
そう呟いた。
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