第11話

「おはようございます。」

グラウンドに着くと上地以外の人は皆もうすでに来ていた。返事がない。上地は聞こえないのかなと思い、いや、聞こえているはずだと思ったが、もう一度

「おはようございます。」

と先程より少し大きな声で言った。やはり返事がない。やばいな。彼は思った。

顧問の水口が現れた。

「上地!」

「はい!」

上地は走り寄り、水口の前で直立不動の姿勢をとる。まるで軍隊だ。

「お前、昨日はどうしたんだ?」

「昨日は・・ちょっと・・・頭が痛くて。」

考えて無駄だと思った言い訳が口から出てくる。

「それで?」

「それで・・・家に帰りました。」

「誰かに言ったか?」

「いいえ・・誰にも言わずに帰りました。」

「馬鹿かお前は。」

そう言い捨て、水口は皆が朝練をしている方へと歩いていく。取り残された上地。そうか、馬鹿なのか俺は。彼はそう思った。


放課後になり部活の時間になる。上地は部室へと行き練習着に着替える。ほかの部員たちは何も話さない。重苦しい空地が部室を覆い包んでいる。外から賑やかな声してきた。先輩たちがドアを開けて入ってきた。上地はすぐに三人の前に立ち、

「昨日はすいませんでした。」

と深々と頭を下げて謝った。その脇を通り過ぎていく三人。上地はその背中に向けてもう一度、

「すいませんでした!」

と謝った。

振り返った粕本は一言、

「誰?お前?」

そう言い放った。


 練習の時も無視は続いた。上地は居るのに居ないように扱われた。二人組で練習をするとき、彼は下を向いて靴ひもを治すふりをしながら、居場所のなくなったグラウンドに恐怖していた。

 そっと誰かが上地の肩を叩いた。見上げるとボールを軽く蹴り運ぶ島の後ろ姿があった。有難かった。おそらく上地の同級生全員が先輩から彼のことを無視するように命令されているはずだ。それにもかかわらず、島は上地と二人組で練習することを選んでくれたのだった。

 二人組での練習の後、一年を除いて七対七のゲームが始まった。一年は脇で見ている。上地も一応ゲームに入れてもらえた。右サイドバック。試合開始と同時に敵チームの内山がボールを受け取り、上地の方にドリブルで切り込んでくる。しっかりとマークに駆け寄る。内山は彼を見ていない。いや、見えていないふりをしているのだ。上地を居ないものとしている内山はラグビーのタックルごとく、上地に対して肩を入れてぶつかってきた。

「ぐぁ!」

思わず声を出して後ろに倒れ込んだ。

「あれ?なんか俺今何かにぶつかった気がするわ。おかしいなぁ?何もないのに。おい、いくぞ!」

そう言ってニヤニヤしながらボールを蹴り出した。残りの二人も同じようにニヤついている。何事もなかったようにゲームは再開された。

 上地はゆっくりと立ち上がった。少しあばらが痛いが多分大丈夫だ。それよりも彼は一年の視線が気になった。コートの脇から動揺と同情の視線を感じる。情けない、恥ずかしい、こっちを見ないでくれ。頼むからそんな眼差しを向けないでくれ。余計に情けなくなるよ。彼は一年の方へ、顔すら向けられなかった。


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