第9話
次の日も同じように合同練習が始まった。
遠くに久我がいる。上地が何となく見ていたら、久我は手を挙げてくれた。上地はなんだか気恥ずかしい気持ちになりながらも手を挙げて答えた。おそらく上地は、単純に嬉しかったのだ。あんなにサッカーの上手な人が、自分を認めてくれた。そんな気がして嬉しかったのだ。
練習が終わり、地獄の夕食の時間となった。
「大盛り、山盛り、てんこ盛りどれがいい?」
今日も嬉しそうに内山が聞いて来る。
「大盛りで。」
「山盛りお願いします。」
「・・・てんこ盛り、お願いします。」
どれを選ぼうと、同じように茶碗にぎゅうぎゅうにご飯を詰めてよこしてきた。しかし一年は、昨日よりかは順調に平らげることが出来た。
「あ~、苦しい~。」
板倉は部屋に帰るなり、そうぼやいた。
「でも昨日よりかは少し楽に食べられた気がするよ。」
と上地。
「昨日あんなに食ったから、胃がでかくなったんじゃねぇ。」
「ははっ、そうかもね。」
「なぁ、板倉。今日は板倉も行こうよ。」
「ああ、昼間話してた久我君とのやつ。そうだな、今日は俺も行こうかな。」
上地と島は昨日の夜、部屋に帰ってからグラウンドで久我に会って一緒に練習したことを話していた。久我の父親が無くなって引っ越してきたことは話さなかった。一緒に練習した後少し話をして、久我がプロになるつもりであることだけ話していた。父親の死については上地と島で話さないでおこうと決めていたわけではないが、二人とも何となくこんなことは他人が勝手に誰かに話していいこととは思わなかったのだ。
「でも、久我君と約束してるの?」
「ううん、約束なんてしてないよ。でも多分、きっと来るよ。な。」
そう言って上地は島に同意を求めた。
「そうだな。たぶん、きっと、来てると思うよ。知らんけど。」
「なんだよ、それ。」
そう言って三人は軽く防寒をしてグラウンドへと向かった。
「あれ?グラウンド暗いね。照明付いてないよ。」
「おい、上地。照明付けてきてよ。」
「うん、わかった。」
上地は照明のスイッチがあるところまで小走りに駆け寄り、スイッチをオンにした。
グラウンドが明かりに照らされる。
「今日は来ないんじゃね。」
島がそう言った瞬間、
「お~い!」
久我の声が聞こえた。そちらを見やると、三人のジャージ姿が見えた。
「そちらも今日は三人さんですかぁ。」
久我がのんきな声を出した。上地は嬉しくなった。まるで恋人を待ち合わせしてたかのような気分だ。
「おお、こいつ板倉。」
島が板倉を紹介する。板倉は軽く手を挙げた。
「こっちは、松本と小栗。二人とも同じ一年ね。じゃあさ、三対三でミニゲームでもしようよ。」
「よし、やろう!」
照明が照らす夜のグラウンドに、六人の笑顔が走り出した。
三日目、最終日。この日の午前中で合宿は終わり、それぞれが帰路へと向かう。なのでいつもの基礎練習はやらず、朝から三十分交代の試合が行われていた。始めはY校対H校。上地たちN校はベンチに座り見学していた。今日も晴天が広がり太陽が眩しい。昨日はつい楽しくなりすぎて、小一時間で終わるはずが、一時間半も楽しんでしまった。三人はホテルに帰ってからも興奮が冷めなかったのか、十二時過ぎまでとりとめのない話をしてしまい、ついつい夜更かしをしてしまう。その代償が上地の瞼に重くのしかかってきた。
(あ~、眠い・・・太陽がポカポカして気持ちいいなぁ)
遠くの方でボールの転がる音、選手の掛け声、風に揺れて山の木の葉のこすれる音、鳥のさえずりも聞こえる。眠過ぎて、何度も首がカクンッ、カクンッと落ちてしまう。そのたびに目を開いて試合を見ようとするのだけれども、また瞼が落ちてきて、カクンッと首が折れる。
(あ~だめだ、眠い・・・)
「ピッピッピィー!」
笛が鳴った。次は上地たちN校対H校だ。N校の全員がベンチから立ち上がる。顧問の水口が上地の方へ真っ直ぐ向かって来た。
バチン!
上地は一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「目ぇ覚めたか?」
右頬に思いっきりビンタを食らった。あまりに唐突なことに左側へ倒れそうになる。
(見られていたのか・・・)
「すいません。」
上地は直立不動でそう答えた。目の前には怒りをあらわにした水口の顔がある。右頬が少し遅れてヒリヒリしてきた。水口は上地をもう一睨みして、後ろにさがりスターティングメンバーを発表した。
上地はミニゲームには出してもらえないだろうと思っていたが、予想に反してH校とのゲームに出させてもらった。
(なんとか挽回しないと・・・)
そう思い、気が焦っていた。右サイドバックを任されていた上地は、いつもより前に出過ぎていたようだ。ロングパスがH校の選手に渡る。相手の後ろから急いで追いかけるがゴール前にパスを出された。始まって十五分。N校は一点を取られる。
「上地ィ!」
水口が交代を告げた。上地は内山と交代し、駆け足で水口の前に立とうとする。交代したら監督に一言もらうのが習わしだった。水口の前まで行き、止まろうとした瞬間、みぞおちに前蹴りを食らった。
「グッ・・」
カウンター気味に入った。息が・・・出来ない。
「何してんだ。お前は。俺はお前になんて言えばいいんだ!しょうもないプレーしやがって。お前はここに何しに来たんだ!ウトウトしやがって。やる気ないのか、てめぇは!情けない野郎だな、ほんとに。」
怒りに任せたような、ひどい言葉が上地の耳に響く。ようやく息が出来るようになり、
「・・・すいません。」
と、だけ答え、ベンチに下がった。グラウンドの反対側にはY校の選手たちがベンチに座って観戦している。上地は今の一部始終を、情けない自分の姿を久我に見られてはしないかと不安な気持ちになった。真っ直ぐに試合が見られなかった。軽く蹴られたみぞおち辺りをさする。しかしあまり俯き加減にいると、また水口にしばかれたらいけないので、絶対にY校の方へは目の焦点を合わせないように試合を見ていた。
午前中いっぱい交代で試合が行われた。上地はあれから一度も試合に出させてはもらえなかった。
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