第6話

三校はそれぞれ別の旅館やホテルに泊まっている。練習が終わり上地たちは近くのホテルへと向かった。歩いていける距離だ。道すがら水口が、

「お前ら、今、水分摂りすぎるなよ。飯が食えなくなるぞ。」

と言った。練習が終わり、喉がカラカラでちょうど自販機が近くにないか皆が探していたところだった。

ホテルに着き、全員で大浴場に入り汗と汚れを落とした。そして待ちに待った晩飯だ。水分を取りすぎるなと言われていたので、上地たちは忠告通りコップ一杯の水しか飲まなかった。全員が席に着くと水口が楽しそうに言った。

「全員、飯は五杯食え。お前ら細いからな。たくさん食べないと当たり負けするぞ。わかったか。」

上地は、

(五杯か・・・きついな。三杯ならいけると思うけど・・・、早めにがっつくか)

と思い、

「頂きます!」

の全員のあいさつの後、かき込むように食べ始めた。皆も同じ考えらしく、会話もそこそこに箸を進める。

板倉が一番先に一杯目を終え、おかわりに立ち上がった。すると、

「おお、板倉。オレがよそってやらあ。」

2年の内山が、柄にもないことを言う。内山はサッカー選手というより、どちらかというとラグビー選手のような体つき奴だ。板倉は、

「すいません。お願いします。」

と言い、自分の茶碗を内山に渡した。それを受け取とった内山は、家庭用の三倍か四倍はある炊飯器を開け、

「大盛りと山盛りとてんこ盛り。どれがええ?」

と嬉しそうに聞いた。

「えっ?」

板倉は一瞬、やっぱり思った通りだ。と言わんばかりの顔をした。二年が優しくするわけなんてないのだ。そこには何か裏があるに決まっている。

「ええと、じゃあ、大盛りでお願いします。」

内山は嬉しそうに、しゃもじでご飯を茶碗に押し付けながら大盛りについだ。

「ありがとうございます。」

 一年は全員が、これはかなりきついことになる。と覚悟を決めた。

上地もお代わりをする。内山は嬉々として立ち上がり、

「大盛りと山盛りとてんこ盛り、どれがええ?」

と聞いて来る。

「・・・てんこ盛りで、お願いします。」

どれを頼んでも一緒なのは彼も解っているのに少し考えてしまった。ぎゅうぎゅうに押しつぶされて山盛りになった、いや、てんこ盛りになった茶碗を受け取った。初めは皆、苦笑いを浮かべながら食べていたのだが、4杯目から死んだような顔つきになってきた。嬉しそうなのは二年と水口だけだ。おかずは無くなり、漬物や海苔の佃煮だけとなった。お茶が有ったので、お茶漬けにしてかき込む者も出てきた。上地は箸が進まなくなった。苦しい。もう腹いっぱいだ。それでも少しずつ、ゆっくりとご飯を口に入れた。漬物や佃煮を食べると余計に腹が膨れるので、米だけを食べた。

 急に、隣に座っている板倉が立ち上がった。まだ四杯目のご飯が茶碗に半分以上残っている。見上げると、

「ちょっとトイレ。」

と言って、ゆっくりと歩いて行った。上地は心配した。

(大丈夫かなあいつ)

一時して帰って来た板倉は、大きくため息をつき小さな声で、上地だけに聞こえる声でこう言った。

「吐いてきた。」

ぎょっとして板倉を見た。彼はこちらを見ずに再びぎゅうぎゅうに詰められたご飯に向かっていた。なるほど、そう来たか、と上地は思った。

(よし、俺もトイレで吐いてこよう)

立ち上がり、

「すいません、ちょっとトイレ行ってきます。」

トイレに向かい、個室に入った。入ったはいいが、彼には吐き方がわからなかった。腹はいっぱいなのだが、別に気持ち悪いわけではない。どうしたものかと思いながら、とりあえず小さな声で、

「おえ~。」

と言いいながら便器に向かって吐く仕草をしてみた。

(だめだ、どうやったら吐けるんだ)

何回か吐こうと試みたが、無理だった。あまりトイレの滞在時間が長いと不審がられるといけないので、あきらめて出ていった。席に座り板倉に聞こえるように小さな声で、

「吐けなかった。」

とつぶやいた。

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