第5話

冬休みに入り、合宿の予定が決まった。県内の三校合同合宿。上地は楽しみなのと不安なのと半々だった。二年が居なければ完全に楽しみなのイベントなのだけれど、もちろんご多分に漏れず二年は付いて来る。

その日は朝早くに水口の運転するバスに全員が乗って出発した。二時間ほど走ると山々に囲まれたグラウンドが見えてきた。近くに川も流れていて自然豊かなところだ。

整備されたグラウンドだ。ナイター完備。水口によると、町がスポーツ振興のためにきちんと予算を組んで取り組んでいるとのことだった。

駐車場にはもうすでに他校の二台のバスが到着していた。県内の強豪校、Y中とH中だ。これから二泊三日の予定で合同合宿をする。

「よし!着いた。お前ら他の学校待たすな!さっさと降りて着替えるぞ。」

Y中は十六人、H中は十三人いる。どの高校も単独では試合が出来ないが、合同合宿をすることによって、試合形式での練習がたくさんできる。

Y中の顧問の短い挨拶が終わり、さっそく練習に取り掛かった。

まず、基礎練習から始まった。ダッシュを何本かこなした後、他校の生徒と二人一組になってパスの練習。適当な相手を見つけて挨拶を交わす。

「お願いします。上地です。」

「おお、よろしく。田中な。」

上地はH中の二年とペア組んだ。十五メートルほど離れてパスを出す。上地は緊張していた。少しでもうまいと思ってもらいたく、一球一球丁寧に蹴り出し、一球一球丁寧にトラップした。続いて三十メートルほど離れてのパス練習。彼は思った。普段何気なくやっているパスが、こんなにも疲れるなんて思ってもみなかった。仲間とやっているときは、少しパスがずれても、

「あっ、ごめん。」

の一言で済んだ。でも今は見栄を張って少しでもうまいと思われたいから、一つ一つの動作に神経を集中している。集中して出すパスが、こんなにもしんどいものだなんて知らなかった。上地は面白いと思った。これが合同合宿の魅力なんだなと思った。相手目掛けてピタリとパスを出す。トラップも体から離れないようにきたボールを柔らかく受け止める。一つ一つ丁寧に。集中して。久しぶりにサッカーが面白いと思った。何でもないパス練習が、彼にサッカーの面白さを思い出させてくれた。

笛がなり、パス練習が終わる。上地はH中の田中に挨拶に走った。

「ありがとうございました。」

「おお。君、楽しそうに練習するんだね。」

彼はそう言われ、さらに嬉しくなってしまった。

昼は仕出し弁当をとって、皆で堤防に座り食べた。もうすぐ年末だというのに穏やかな気候だ。風もない、気持ちのいい青空と、緑が生い茂る山々を眺めながら皆で食べる弁当は小学校時代の遠征を思い起こせた。上地は、初めはどんな合宿になるのだろうと不安視していたが来て良かったと思っていた。だがこの食事が地獄のようにきついものになろうとはまだ誰も知る由が無かった。

午後からは試合形式の練習を行った。二チームが試合をしている間、残りの一チームはベンチでその試合を観戦する。Y中に一人飛び抜けた運動能力の持ち主がいた。背番号十番を付けた長い髪を後ろで一つにまとめている奴だ。

「おい、あの十番動きやばくないか。」

隣に座って観戦している島が話しかけてきた。

「うん。滅茶苦茶やばい。」

兎に角足が速い。トラップもまるで足に吸い付く様なトラップ。ボールを持ったかと思うと回りながらディフィンダーを抜き去っていく。

「あんな奴、小学校の時いた?」

「ううん。居ないと思う。居たら目立つでしょ。」

Y高校のコーナーキックになった。十番に注目する。H高校の選手ももちろん警戒して、三人で囲んでいた。右コーナーから高く浮いた球を蹴り出す。ああ、これは逆サイドに流れるな。おそらく全員がそう思ったに違いない。しかしY高校の十番は、またくるくると回りながら、三人の敵選手をかわしてジャンプした。高い。ゴールポストよりも頭二個分ほど上にジャンプしているではないか。流れると思っていたボールにうまく頭に合わせゴールネットを揺らした。

「すげぇな。」

上地たちN高校からどよめきが聞こえた。

「まるで野生児やん。」

と誰かが言った。


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