第4話

県大会の日、上地はトイレの個室に座っていた。緊張からか、どうも腹の具合がおかしい。下しているという訳ではないのだか、何か腹に違和感があるのでもう十分程座り続けている。いつもそうだ。彼は気が弱い。それは本人も自覚していることだが、腹の具合はどうにもならなかった。トイレに他の中学校の選手が入ってきた。話し声が聞こえる。

「お前ら一回戦何中?」

「やばいよ。俺らN中だ。あそこってN南サッカー少年団のやつらみんなが行ったところだろ。俺らのチーム、小学校の時ボコボコにされたよ。あ~、今回も負けたなぁ。」

「N中か。あいつら弱くなったぜ。俺ら此間市内の大会があったけど、一回戦で当たって、なんと三対〇で勝っちゃいました~。」

「まじかよ、すげぇ~じゃん。」

「あ~、でもあいつらが弱くなったっていうより、このエースストライカーさまの活躍があったからかなぁ。」

「何言ってんだ、お前?得点上げたのか?」

「いいや。点を入れたのは別のやつ。」

「なんだよそれ。あ~、でもそっかぁ。じゃあ頑張れば勝てるかもなぁ。よっし!いっちょやったりますか!」

用を済ませた二人が、笑い声と共にトイレから出ていく。上地はトイレの個室に息をひそめながらも、屈辱を感じていた。侮辱されたような気持になった。と同時にあいつらの言い分は道理がある。そうも思った。自分たちは弱くなった。理由は明確だ。サッカーはチームプレーだ。顧問の水口は、なぜか必ず二年をスタメンに起用する。一年だけのチームの方が絶対に強いのに。上地といえばいつも、後半交代だ。あんな不協和音のチームが試合で勝てるはずもなかった。おそらく今回も負ける。二年は負けた後でもへらへらしている。試合にかける士気が低すぎるのだ。空回りするチームでは勝てる試合も勝てる訳がなかった。とはいえ、上地自身にも水口にスタメン出場を進言する気概も無かった。



また別の日。上地は見張りに立たされていた。ため息が出る。グラウンドに背を向けてフェンスの陰から校舎の方を見ている。二年はいつも以上にはしゃいでいた。聞きたくなくても聞こえてくる不快な声。どうやら竹内に彼女が出来たらしかった。おっぱいは揉んだのか?乳首は何色だ?貧乳だろ、あいつ?なんて卑猥なことを笑いながら大声でしゃべっている。馬鹿みたいだ。誰かが近寄ってくる足音がする。目の前ににやけ顔の粕本が立つ。

「上地、竹内の彼女のま〇こはくさい~、って歌え。」

何言ってるんだ、こいつは?

「出来ません。」

上地は目を合わさずに、校舎の方を見やりながらそう答えた。

「歌えって。」

いきなり股間をぎゅっと握られる。上地は微動だにせず、同じように、

「出来ません。」

そう答えた。

「歌えって!」

さらに強く股間を握られた。上地は我慢ならず、

「竹内さんの~、彼女のま〇こはくさい~。」

と歌った。

「もっとでかい声で!」

「竹内さんのぉ~、ま〇こはくっ」

横っ面にサッカーボールをぶつけられる。その拍子に丁度フェンスの支柱の真横に立っていた上地は、頭の反対側を支柱にぶつけた。

「ふざけんなよ!」

怒りの声が聞こえる。あまりの痛みに両手で頭を抱えた。その拍子に腹を思いっきり殴られる。上地は立っていられなくなり横倒しになるように倒れた。見上げると怒りの形相でこちらを睨みつける竹内が立っている。

「すいません・・・」

声を絞り出して謝る。

「なめてんのか!お前!」

そう言いながら竹内は上地の腹を蹴り飛ばす。スパイクで、だ。

「お、おい。」

焦った粕本が止めに入った。なだめるように竹内の肩を抱き、遠ざかっていく二人。

「おい!ちゃんと見張りしろよ!」

そう言い捨て、去って行った。グラウンドの隅に、声も出せずに蹲って倒れている上地の姿を残して。


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