第3話
「おい声出せや!声!」
竹刀を地面に叩きつける。
「一!二!三!四!・・・・」
全員で大声を出して数える。腕立てが遅くなったり、きちんと出来ていなかったりすると尻に竹刀が飛んできた。
「次!腹筋三百回!」
これも同じだ。出来ないと腹筋へ竹刀が飛んでくる。
「次!スクワット三百回!ほら、さっさっとやらんか!筋肉は裏切らないぞ!」
嬉しそうに一年の間を縫い歩き、きちんと出来てないやつを見つけては竹刀で叩いた。二年の三人は交代に竹刀を担いで一年を叩いて回った。終わったころには全員体がガクガクしていた。
「何だよこれ。明日も続くのかよ。」
二年が帰った後の部室で島が愚痴った。一年全員が思ってることだった。
「多分ね。」
誰かがそう呟いた。
予想に反して、次の日はなにもなかった。相変わらず二年は練習もしないのに部活に来ていた。三人で談笑している。しかもきちんとユニホームに着替えている。暇なのだ。たぶん。上地は体中が筋肉痛だった。おそらく一年全員がそうに違いなかった。ほっとしていた。部活が出来る喜びを持っているものは居なかった。何もないことに安心している気持ちが心の大部分を占めていた。
冬休みが終わり、三学期が始まっていた。上地は昼休みになると胸の辺りが苦しくなっていた。思わずクラスの友達に吐露した。
「あ~、部活嫌だな~。」
少し笑いながらその友達は言った。
「なんだよ、上地。どうした。」
「最近、憂鬱というか、昼休みが終わると、もう少しで部活が始まる時間になるなぁって考えて・・・・。」
憂鬱という言葉を初めて使った。最近覚えた言葉だった。たぶんこの気持ち。どうしたらいいかわからない。どうしようもない気持ち。モヤモヤたした、はっきりしない気持ち。たぶんこれが憂鬱というやつだ。そう上地は思った。
「なんだ。サッカー嫌になったのか?」
「サッカーというか、楽しくないんだよ、部活が。」
お金を摂られていることや、竹刀で叩かれること。筋トレを強要されていること、見張りに立たされていることは伏せて話した。とてもじゃないが、こんな恥は誰にも話せなかった。これらは恥だった。中学生の上地達にとって何も抵抗できない自分達は、恥の塊みたいな存在だった。
「だったら辞めりゃあいいじゃん。」
「簡単に言ってくれるなよ。」
そう言ってため息をついた。
いつかの顧問の水口も加えての七対七のミニゲームの日、上地はとうとうやってしまった。パスを受け、右サイドから上がって行こうとしたとき、目の前に粕本が立ちふさがった。一瞬体が縮こまる。足元を見る。粕本のスタンスが明らかに広い。股抜き出来る。そう思った。そう思った瞬間、別の考えが浮かぶ。もしここで粕本を抜けば、後で何を言われるか。いや、何をされるか・・・。上地はわざと粕本の右足にボールを当てた。ボールは跳ね返り、それを追うように粕本は上地を抜き去りボールを奪った。
「おらぁ!上地ぃ!」
顧問の怒号が飛ぶ。上地はしまったという演技をした。踵を返し、必死で追いかける演技をした。粕本が恐いから。自分の保身のために演技をした。サッカーを侮辱した。
上地は小学三年生の時にサッカー少年団に入った。ずっと楽しかった。友達と一緒に、仲間と一緒に、ひたすらにボールを追いかけた。どちらがより遠くまで蹴り飛ばせるか競い合った。リフティングが何回出来るか競い合った。暗くなるまでの練習が楽しかった。時々車に乗って遠くに行ける遠征が楽しかった。試合で勝つのが楽しかった。試合が終わった後、みんなで食べる弁当がうまかった。それらを全部裏切った。そんな気持ちだった。情けなかった。悔しかった。悲しかった。もう取り返しがつかない。上地は自分が嫌になった。自分のことが嫌いだと思った。
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