第2話

夏休みに入ると毎日のように部活があった。夏の練習ほどきついものはない。暑さにやられ、これでもかというくらいの汗が体から噴き出していた。グラウンドが使えない日が一番きつかった。近くの山寺に向かい、二時間もの間、寺に続く坂道をひたすらに駆け上る。下りは膝を傷めないようにゆっくりと下る。下まで行ったら休まずに上までダッシュ。この繰り返しだ。

単調な練習だが終わった時の解放感と充実感は確かにあった。

夏休みが終わり、二学期が始まった。いつもの朝練の後、同級生の板倉が、

「先輩が、明日五百円持って来いって。」

と言って来た。上地は部費かなと思った。翌日朝練が終わった後、二年の粕本に、

「あのこれ、昨日言われていた五百円。」

と言って渡した。

「おお。ありがとさん。」

そう言って粕本は着替えた学ランのポケットにその五百円玉を入れた。その時上地は何も思わなかったが、また一週間後、一年全員に五百円を持ってくるように指示が出た。

また前回のように、五百円玉を粕本に渡すと、

「サンキュー、サンキュー。ああ、おい上地、コンビニ行って、ライフガードとピーナッツバターが入ったコッペパン買ってきて。ダッシュで。」

と言われてその五百円玉をそのまま渡された。摂られている。そこで気付いた。しかし何も言えなかった。ただ怖かったのだ。反発すると、どんなことをされるかわからない。中学の一学年の差というのはとても大きい。上地は黙って言われた通りにダッシュでコンビニへと走った。

 その日の休み時間、同級生の板倉に言った。

「おい、俺らのお金って、あれ部費じゃないのか?二年に摂られてるんじゃ・・・。」

板倉はやり切れない表情で、

「知らなかったのか?そうだよ。二年の金になってるんだ。」

と言った。

「なんだよそれ。みんな知ってたんか。えっ?どうすんの?」

「どうするって、何も出来ないよ。お前、どうにか出来んのか?」

上地は何も言えなかった。もし金の要求を断ったりしたら、何されるかわからない。先生や親に相談なんて、恥ずかしくて出来るわけなかった。

ある日、二年が竹刀を持って部活に現れた。

「おい、上地。ちょっと来い。」

悪い予感しかしない。

「後ろ向けや。」

バシッ!尻を叩かれる。二年三人の下品な笑い声が耳に五月蠅い。

「おお、行っていいぞ。」

尻を抑えて練習に戻った。二年は顧問が居なければ練習をさぼり、談笑するようになった。

「次!滝本!」

他の一年が呼ばれる。上地は痛む尻を抑えながら、すれ違う滝本の顔を見た。無表情だった。

 そのうちに、今度は見張り番が立たされるようになった。グラウンドは校舎から死角になっているためフェンスの隅で顧問が来るかどうかを、そこに立って見張れというのだ。顧問の水口が歩いて来るのが見えたら、小声で、

「来ました、来ました。」

とさぼっている二年に伝えなければならない。もちろん見張りをやらされている一年は練習に参加することは出来ない。放課後の練習が始まって十五分くらいで顧問が来たらいいけど、一時間くらい来なかったりもする。最悪なのは終わり十五分前くらいに来るときだ。そんな時はただ立っているだけで部活が終わる。お金もずっと摂られ続けた。いつからか[集金]と名付けられた。

「おい一年、明日集金な。」

こんな具合だ。持ってくるのを忘れたりしたら竹刀での尻叩きが待っていた。一人五百円が一、二週間に一回くらいの頻度で集金された。五百円が無くなるのは痛いのは変わりないけど、中学生でも出せる金額だった。一人が一、二週間に一回五千円なんて出せるわけないけど、五百円なら出せるとして、みんな我慢して持ってきていた。悪知恵だけは働く奴らだ。どうせその金でカラオケに行ったり、ゲームセンターで遊んだりしているのだろう。朝練終わりの粕本の朝食をコンビニへ買いに行くのは、足が速いという理由で島が担当になった。登校してくる生徒とは逆走してコンビニへと走る島のことを、一年生の中で「パシリの島」というあだ名がついているという噂が流れた。上地は、サッカー部一年全員は、やり切れない気持ちになった。

顧問の水口が研修で二日間留守になった。喜んだのは二年だ。部活に来なければいいのに嬉々として来た。

「筋肉たいそー!」

粕本が叫んだ。一年はきょとんとした顔をしている。

「お前ら、たいそーだ、筋肉たいそー。まず腕立て三百回!」

何が始まったかもわからず、言われた通りにする。

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