雲雀の卵

浰九

第1話

窓から車の中を覗く。大抵の大人は、車の中に小銭を置いている。どこかの会社の駐車場を何気ない感じを装いながら、車の間を縫うようにして歩く。こちら側は三階建ての建物の側面。建物の側面には窓がない。喉が渇いていた。上地は一銭も持っていない。あった。白のセダンの運転席と助手席の間に小銭が無造作に置かれていた。ゆっくりと辺りを見渡す。時刻は午前十時を少し回ったところだ。平日の午前中。ほとんどの人達が学校に行ったり、仕事をしたりしている時間帯。周りに人は居ない。誰も居ないことを確認して、右肘を運転席の窓ガラスに向けて思いっきり当てる。バラバラと小さな音をたて、座席の上に窓ガラスが崩れ落ちた。透明な金平糖みたいだ。そう思った。

それから、ゆっくりと車内に体を入れ、小銭に手を伸ばした。



「お前ら、全国行くぞ。」

開口一番、顧問の水口は言った。上地達一年は、地元の少年サッカーチームで県優勝を誇る強豪チームだった。そのチームの十一人が揃ってこのN中学校に上がってきたのだ。水口も嬉しそうだった。そして上地達一年もこの中学でも、もちろん全国を狙っていた。この中学も強豪校として有名だ。三年生は十五人いた。でもなぜか二年は三人しか居なかった。そうしたところに、少年サッカー県優勝のメンバーが全員揃って入部してきたのだ。顧問が喜ぶのも無理はないだろう。だが上地はというと、特別サッカーがうまいという訳ではなかった。運よくこのメンバーと同学年に生まれて、クラブに入ったのがちょうど十一人という人数だったからだ。もし十二人いたら彼は確実に補欠だろう。それは上地本人も十分に自覚していたことだった。その証拠にディフィンダーとしての上地は常に臆していた。少年サッカー時代の活躍と言えば、二つくらいだ。一つは、相手フォワードと一対一になってしまった時。自分が抜かれると確実に点を取られるであろうという場面になった。上地は震えていた。でも動くしかない。真っ直ぐに突っ込む。相手がシュートの体制に入った。ボール目掛けてスライディングをかました。顔面に衝撃を受ける。はじかれたボールは運よく味方の居る場所へ飛んでいった。素早いカンター攻撃がはじまる。一瞬にしてキーパーと一対一。と思いきや、左から上がって来ていた味方にパスを合わせる。軽くゴールにボールが押し込まれていた。フォワード陣は落ち着ていた。上地は座り込んだままの体制でさすがだなと思った。まだ顔面がジンジンする。みんなが上地の所へ集まってきた。

「ナイスディフェンス!」

「ナイス根性!」

手を差し伸べられ、立ち上がりながら喜びを感じた。

「大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫。」

照れ笑いながら答えた。活躍出来たんだ。そう思った。

もう一つは、相手のミスだ。

残り時間が少ない中、1対1の同点。全員上がれと指示を受け、相手ペナルティエリア外すぐそばに上地はいた。すると味方の圧に押され、敵チームのディフィンダーがキーパーにゴロパスを出した。少し距離がある長めのパス。そのパススピードが遅かったのだ。瞬間的に体が動いた。ボールはディフィンダーとキーパーのちょうど真ん中辺りをころがっている。敵のディフィンダーとキーパーも気付き、3人がほぼ同時に動き出した。上地が一瞬速かった。ボールを奪い取り誰も居ないゴールへシュートが決まった。相手のミスだったとはいえ、初めての得点だった。気持ちいいと思った。

上地の活躍と言えばそんなものだった。あとは必死で相手フォワードを食い止め、ボールを味方にパスすることに専念していた。チームが強かったのは他のメンバーのお陰だった。それでも上地はこのチームに自分が所属していることを誇りに思っていた。

中学に入ってからの練習はさすがに厳しいものだった。少年サッカーとは違い、基礎練習が多くの時間を割いた。マラソン、ダッシュ、筋トレ、柔軟、ボールを使わない練習が多かった。それでも存分に上地は充実していた。きつい練習に新鮮なものを感じていた。三年の体の大きさに威厳みたいなものを感じながらも楽しくサッカーが出来ていた。

三年生との別れはすぐに来た。県大会では準々決勝で敗れてしまい、夏前には引退してしまったのだ。三年生が居なくなったら、人数が半分ほどになってしまいいつものグラウンドが少し広く感じた。これからはレギュラー争いになる。上地はもちろん自分もレギュラーになりたいと思った。顧問に認められるよう基礎練習を実直にがんばった。テクニックでは誰よりも劣るのは分かっていた。ただサッカーが面白いという気持ちだけでは敵わないことがあることは、もう中学一年生ともなれば十分に認知できていることだ。

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