第3章 外部隣接領域∶魔樹の森
第36話 2周目の裏ボスと妹と過ごす日曜日の朝
リオネ達とフォルネ街観光をした翌日の日曜日の朝。
今頃、外は朝日が降り注いでいるだろうが、その光が俺のいる地下魔王城の玉座の間に届くことはない。
「いや、どうしたもんかな…………」
「兄者、何を悩んでいるのですか? ダリアが兄者の悩みを解決いたします!!」
「そうだな……なら、そろそろ俺の膝の上から降りてくれないか?」
「嫌です!!」
「……デスヨネー」
俺は間の前で揺れる巨大な角を眺めつつ、頭を捻って唸っていた。
原因はふたつ。ひとつは勝手に俺とラウド、イズの3人がワイトの所に行ったことにダリアが拗ねてしまったこと。もうひとつは、ほんの思い付きで確認した魔王軍幹部達のステータスが思いのほか低かったこと。
「なあ、ダリア」
「なんですか、兄者?」
「今の魔王軍幹部達って親父が勇者に封印されてから戦闘ってしてないんだっけ? たしか、あの時って幹部連中も数人交代してるよな?」
「そうですね………もちろん勇者に倒された幹部も多かったですけど、どちらかと言えばダリアが父上を倒したときに幹部が交代してます。父上の派閥とダリアの味方で分かれてましたから」
今から約25年程前、当時の魔王であった親父は先代の勇者との戦いに敗れた。
その時に、親父の古くからの友人であった魔王軍幹部達の多くが勇者との戦闘で散っていき、そこから全てが狂い始めた。
魔王城に封印され、仲間を失った親父は全てを諦めたように怠惰な生活を送るようになり、魔族達の求心力を失っていった。そして、最後には人間の娘との間に子供を作ったというスキャンダルで完全に部下達から見限られてしまった。それでも親父に味方した幹部達は、きっと失意で壊れていく親父を支えられなかったという自責の念もあったのだろう。
「てことはイズとラウド、ワイトの3人は全員その時ダリアの味方だった感じか。イズが味方ならイズの弟のルカもダリアに付くだろうし、ラウドの弟子のジュードとパトリックもダリアに味方したのか。とすると、余るのがジミーとイリナ、サージ、フランシスの4人か」
「そうです。フランシスは腐敗した父上の統制に嫌気が差してダリアの味方になりました。ジミー、イリナ、サージの3人は中立でしたね。執事、メイド、料理人の長として片方に肩入れはできなかったんだと思います」
「そう考えると、まあ当然だけど今の幹部はほぼ全員ダリアに味方したって訳だ」
……とは言っても、恐らくだが当時の幹部達も話し合ってはいたと思うが。
幹部の中核をなす3人がダリアについたということは、親父についた幹部達も自分達が負けると分かったうえで新陳代謝のためにあえて犠牲になったんだろう。親父と親しい友人だったラウドがダリアに味方したのがその証拠だ。
強力とは言え、まだ若かったダリアだけで全部をまとめ上げられるほど魔王軍は小さな組織ではないし、人間とは違って種族もバラバラだ。それを統制するには、やはりイズ、ラウド、ワイトの3人が必要だったんだと思う。
「そうですね。父上に味方した者が少なかったのもあるんですけど、あのときに兄者がいてくだされば………少しは……」
「俺がいても何もできなかったよ。それよりも親父が腐らせた魔王軍を立て直したのはダリアの手柄だ。凄いぞ」
「えへへ。兄者、もっと撫でてください」
「ホイホイ」
俺は優しくダリアの頭を撫でる。
妹には随分と辛い思いをさせてしまった。それを埋め合わせることはできないが、せめて兄として、彼女の肩にかかる重圧を軽く出来たらと願っている。
だからこそ、ダリアに聞いていたいことがある。
「…………ダリアは人間を恨んでるか?」
「恨んではいません。でも倒さなければとも思います」
「ほう。なんでそう思うんだ?」
「それは人間が魔族を恨んでいるからです。人間の信じる神とやらが魔族を排そうとしていて、人間がそれを信じ続けるかぎりは、私達にとっての安寧の土地は得られないのです」
ダリアはそう言って俺を見る。
「……ダリアの言う通りだな。北は険しい峰々と蛮族”山の民”、南は大海と襲撃者”海の民”、東は賢者の森、西は山脈。閉ざされた平地である王国では魔族領を得るなら人間の領土を奪うしかない」
「そうです。ただ、魔族は個々は強いですが人間ほど数が多くないです。だから広い領土を守るのは苦手で、結局は人間に負けたのです。あと、突然変異で出現する魔族より強い人間である勇者。あれはズルいです」
「ふふっ、そうだな」
口を尖らせて勇者の文句を言うダリアが面白くて俺は小さく微笑む。……というか、そう言えば俺ってつい昨日その勇者の玉子にキスされたんだった。それはそれで、なんというか複雑な気分だな。
そんなことを考えていると、ダリアが真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「…………兄者」
「ん? どうかしたか?」
「兄者は、人間と魔族、どちらの味方ですか?」
「…………回答によっては?」
「魔族の王として、兄者と刺し違えます」
「そうか」
少しの静寂。視線が交錯したまま、俺達兄妹は互いを見つめ合う。
ダリアの表情が徐々に、少しずつ硬くなっていく。
「…………それで?」
「俺は、あくまで魔族の王でいるつもりだよ。もちろん親父は憎いし、人間に気に入ったヤツもいるが、それでも俺の本質は人間の勇者と対峙する側であることは揺るがないさ」
「そうですか」
「つっても俺は魔族と人間のハーフだ。できるなら両方ともが争わずにすめば、それが良いとは思うけどな。そこがダリアとの違いなのかもな」
「………ダリアも人間の友人が出来れば、そう思うのでしょうか?」
「それは分からないが……兄として妹にそんな友達が出来たらいいなとは思うよ」
「そうですね、兄者」
「ああ、きっと出来るさ」
幼い頃から魔王の娘として育てられたダリアにとって、対等に接することのできる友人というのは存在しなかった。気づけば彼女は魔王となって、もはや弱みを見せることのできる相手すら片手で数えられるほどに少なくなってしまった。
いつか、どこかで、リオネやユーリ達がダリアと友達になれる世界線があるのなら、きっと彼女達は良い友人になれるだろう。
その時、膝に座るダリアが欠伸をする。
「お、もうこんな時間か。そろそろ寝るか?」
「はい、そうします。兄者、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
基本的には魔族は夜行性の生き物だ。魔王であるダリアもその例に漏れず日中は眠っている訳だが、まあ寝ないでいようと思えば寝ないでもいられる。とはいえ、寝れるのであれば寝るに越したことはない。
膝から降りたダリアが俺に向き直る。
「…………兄者」
「ん?」
「ダリアも、兄者なら、兄者が目指す世界が作れると思います」
「………ありがとな」
「それでは、おやすみなさい」
そう言ってダリアは玉座の間に隣接する魔王の寝室へと消えていく。
……本当に、俺にはもったいないくらいの自慢の妹だ。
彼女を見送った俺も玉座から立ち上がる。
アイテムボックスを開いて一着のローブを取り出す。これは遮断魔法が施された、いわば透明になれるローブ。……さて、これを着て魔王城の様子を見てみよう。
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