第10話 2周目の裏ボスと遅めの自己紹介


「…リオ、このあと暇か?」


「へ?」



リカルドとの決闘が3日後に迫った放課後、俺はリオネに声を掛ける。

俺の質問にキョトンとした表情を浮かべたリオネは、すぐに慌てて顔を赤らめさせる。


「そ、それってデートのお誘いっスか?」


「ちゃうわっ!! 」


「え、違うっスか……期待したのに……」



勇者は、今度は急に悲しそうな表情を浮かべる。

……調子が狂う。やりづらいな。



「デートではないが、まあ、似たようなもんだ。それで、時間はあるか?」


「あるっス!! 無くてもデュース先輩の予定を優先するっス!!」


「そうか。それじゃ、付いてきてくれ」



それだけ言って俺は毎朝のトレーニングに使っている旧校舎跡地へと向かう。リオネも素直に付いてくるのを確認して、俺はそっと腰の魔杖に手を掛けた。



▼ △ ▼



「うひゃああぁぁぁぁぁぁぁ!! たかいっス!!めっちゃ高いっス!!」


「叫んでると舌を噛むぞ。……さて、そろそろか」



俺達は今、王国上空を巨大化した黒梟魔杖ウィズの背中に乗って飛んでいる。王国南部にある王立騎士学校アカデミーを出て約1時間ほど、俺達は東に飛び続けて王国の国境近くの山脈に向かう。


視界下に広がる山脈の景色を確認して俺はウィズを着陸させた。



「ほら、着いたぞ」


「いい景色っすね。って、ここどこっスか?」



目の前には山の頂上にある窪みと、そこに水が溜まってできた湖が見える。その中央には島が1つ浮かんでいる。とは言っても、ただの島って訳ではないんだけど。



「ここは、とあるドラゴンが眠っている場所だ。リオも名前だけは知ってるんじゃないか? かつて封印された山脈龍モンクというドラゴンがここに眠っている」


「そうなんスね~。確かに名前は知ってるっス」



そう言ってリオネはドラゴンの眠るカルデラ湖を覗き込む。


本来であれば、そう遠くない将来に俺が山脈龍モンクを復活させ、勇者となったリオネがそれを討伐するというイベントが発生することになっている。まあ、今からそのイベントを無茶苦茶にするんだけどね。



「さて、ここから本題だ」


「なんスか、いきなり。というか、ここに連れてこられた理由も聞いてないっス。何かしたいことでもあったんスか?」


「今更だけど、リオに自己紹介をしようと思ってな」


「自己紹介っスか?」


「そう、自己紹介だ。俺から自己紹介したことなかっただろ?」



不思議そうな顔をするリオネに頷いて、俺はゆっくりと前髪をかき上げる。普段は降ろしている前髪に隠れた額が顕わになる。



「デュース先輩、ビジュつよつよっス」


「…………どういう意味だ?」


「なんでもないっス」



俺の額の左側には1つの魔痣がある。


この魔痣の存在が、俺がこの世界ゲームの裏ボスとなれた最大の原因だ。この特徴は俺が父親から受け継いだもの。話したことも、会ったことも無い、魔族の父親から残されたもの、それがこの魔痣だ。



「リオはもう知っているかもしれないけど、俺は魔族と人間のハーフだ。そして、何者にも負けない力を持っている。それを、見せようと思う」



軽く魔痣に触れると、ズキンとした痛みとともに魔痣が熱を帯びる。


その熱さは全身へと広がっていき、同時に、俺の身体に徐々に魔力の紋様が浮かび上がってくる。まるで遺跡に刻まれた古代文字のような紋様はエメラルドの輝きを放って俺の身体を覆っていく。



「デュース先輩……」


「ふふ、リオが純粋に驚いてるのを見るのは初めてかもしてないな。見ての通り、俺の身体には人ならざる者の血が流れている。それも、強大な力を持っていた者の、だ」



これ以上はリオネに伝えるつもりはない。ただ、きっと彼女も分かっているだろう。俺の父親が何者なのかを。俺が誰の息子なのかを。


俺の身体には魔王の血が流れている。


それこそが辺境の村の一塊の孤児であったはずの俺がこの世界ゲームの裏ボスとなる力を手にした原因であり、俺が知ったこの世界ゲームの攻略情報に書かれていなかったことである。



「リオ、君は選ばれた人間だ」


「それって、どういう意味っスか……?」


「君はこれから世界の運命に巻き込まれていくんだろう」



1周目の人生で、自分が魔王の息子でこの世界ゲームの裏ボスである事を知った時は絶望したのを憶えている。


クリアされれば消滅するこの世界を、来るべき運命による終焉から救うために、俺は誰よりも努力して、誰にも負けない力を手に入れたつもりだった。だが、この世界はそれすらも織り込み済みで造られていた。やがて俺が最強となり、魔王城を見つけ出し、裏ボスとなることすら、それすらも定められた運命シナリオの一部でしかなかったのだ。だから、それに気付いた時に俺は心の底から絶望した。



「リオ」


「ひゃっ!! デュースせんぱ……」



俺はリオネに近づいて、膝を付き彼女の手を取る。


1周目の最後、彼女を殺したときには、もう俺は気が付いていた。赤髪の勇者リオネ。彼女もまた俺が救うべき世界の一部であることを。彼女も俺と同じ世界ゲーム運命シナリオに踊らされた人物の1人なのだと。だからこそ、たとえ違う世界線だとしても言うべきなのだ。


――今度は勇者である君も一緒に、この世界を丸ごと救ってやる。



「リオネ、あの時はゴメンな」



言いたいこととは裏腹に、俺の口から出たのは謝罪だった。ただ、今はそれでいいような気がした。それ以上は、言わない方がいい気がした。




《GYAAAAAAAAAAAA!!!!》




その時、にわかに足元が揺れて地響きのような咆哮が聞こえてきた。


咆哮の主は山脈龍モンク。山頂の湖に浮かぶ島がゆらゆらと揺れたかと思うと、みるみるうちにそれが湖に浮かぶ小島なんかではではなく巨大な龍の身体の一部であることが示される。


さて、それじゃあ自己紹介と行こうか。

俺の持っている力を、赤髪の勇者様に御覧じようじゃないか。

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