第26話 2周目の裏ボスと災禍の黒龍


「コルレ、そこまでだ。お前は失敗したのだよ」


「なっ……!!」



洞窟の入口に壮年の老人アルバラード・オルタフェザードが立ちはだかる。……彼は何も言わず、ゆっくりと人差し指をコルレ嬢に向けた。



「―――アッシュ・バレット」


「……父上っ!!」


「マジかよっ!!―――イージス!!」



コルレ嬢が驚きの声を上げる。


アルバラードから放たれた魔法は一直線にコルレ嬢に向かう。想定外の攻撃に俺は慌てて盾魔法を発動してコルレ嬢に迫る灰の弾丸を防いだ。防がなければ弾丸はコルレ嬢の眉間に当たっていただろう。



「少年よ、なぜ私の魔法を防いだ。彼女は君の命を狙ってたんだろう?」


「いや、爺さん。アンタこそ何してんだよ。アンタ、いま自分の娘に魔法撃ちこんでんだぞ?」


「質問に答えろ。何故、私の邪魔をした」



アルバラード・オルタフェザードはゆっくりと俺とコルレ嬢に歩み寄る。…………これは話が通じないタイプだな。めんどくせえ。ひとまず黙らせよう。



「目の前で血が流れんのを見たくなかっただけだ。―――スルト・アーム」


「ほう。初めてみる魔法だ。―――イージス」



巨神の腕がアルバラードに襲い掛かり洞窟の入口まで彼を押し返す。


盾魔法でダメージは負っていないようだから、なかなかの実力者のようだ。さすが公爵家の当主なだけはある……と、それはともかくコルレ嬢を狙う理由が分からない。俺を狙うならまだしも、実の娘であるコルレ嬢を狙うのは意味が分からない。しかも、奴には躊躇いのような物が全く感じられなかった。



「会長、これはどういうことですか?」



俺に抱えられた状態のコルレ嬢を見ると、彼女は震えていた。


彼女の手元には1冊の本が開かれている。そこには赤い文字で「デュース・ヘラルド」と「コルレ・オルタフェザード」の2つの名前が記されている。これは………マジックアイテムのたぐいか? とにかく禍々しい雰囲気が伝わってくる、まさに「呪いの書」だ。



「ああ……私が失敗したから……神様………」


「―――シルバー・バレット」


「こんなもん娘に持たせて、狂ってんのか?―――イージス!!」



ふたたびコルレ嬢に向けて魔法が放たれ、盾魔法で防がれる。コルレ嬢は完全に動揺した様子で震えている。これは、まずいかもしれない。



「会長、失礼しますよ―――アベンジャーズ・レイジランス」


「なっ!! デュース君!!」



俺はコルレ嬢から本を奪い取ると、宙に放り投げる。


空中に舞った呪いの書を8本の業火の槍が貫き、そのまま燃やし尽くす。全てを燃やす地獄の炎はマジックアイテムの存在ごと灰へと誘い、蓄積していたであろう瘴気や負の魔力をも消し去る。



「お前、な、なにを…………ぐわああああああああああ!!」



その時、突如アルバラードが叫び声を上げる。


もがき苦しむアルバラードを中心に瘴気が膨張していくのが分かる。膨らんだ瘴気はアルバラードを包み込むように濃くなり、やがて1匹の巨大なドラゴンの姿へと収束する。


太い2本脚に大きな翼と長い首が特徴の黒龍が洞窟中に響き渡る咆哮を上げる。



《Gyuuuaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!》



紅い目を爛々と輝かせた黒龍が俺を睨みつける。

俺と同じく黒龍の視線を浴びたコルレ嬢がビクッと身体を震わせて硬直する。どうやら奴の視線には麻痺の効果もあるようだが、あいにく俺には効果がない。それにしても、こうなっては話し合いもクソもない。ちゃっちゃと片付けてしまおうじゃないか。



「会長、少しここで休んでいてください」


「デ、デュース君………」


「…………任せてください。」



痺れに苦悶の表情を浮かべるコルレ嬢を後方に退避させる。離れ際、コルレ嬢が俺を呼び止める。


彼女の潤んだ紅い瞳には黒龍への憐れみと懇願に似たような色が宿っている。俺はコルレ嬢を安心させるように頷いて見せて、改めて黒龍と対峙する。


さあ、大一番だ。



▼ △ ▼



「急ぐっスよ、サリーさんっ!!」


「はいはいっ!! それより、リオネちゃん、どこ向かってるん?」


「どこって、デュース先輩のとこっスよっ!!」



目印のない大地を駆け抜けるリオネちゃんを追いかける。


リオネちゃんは迷うことなく一直線に王立騎士学校アカデミーの建つ丘の端を走っていく。まるで、もう目的地が分かっているみたいだ。何回か聞いてみたけど、”デュース先輩のところ”としか答えてくれない。



「それにしても、アイツら、ホントに邪魔だったっスっ!!」



走りながらリオネちゃんが悔しそうにつぶやく。

確かに刺客達を退けるのに30分くらい足止めを食ってしまった。


腐っても天下のオルタフェザード家の暗殺部隊なだけあってそれなりに手ごわかった。リオネちゃんが想像よりも遥かに強かったから何とかなったけど、正直、囲まれた時には終わったと思った。それでも、やっぱり30分も足止めを食らったのは確実な痛手になってもいる。


ただ魔王の息子であるデュースが簡単に負ける想像もできない。



「もう少しっス!!」



そう言ってリオネちゃんが指さす先には洞窟が見える。


目的地が見えてアタシたちの足が速まったその時、洞窟から轟音とともに真っ赤な炎が噴き出すのが見えた。そして、次の瞬間には明らかに人の物ではない咆哮が聞こえてきてアタシとリオネちゃんは足を止める。



「デュース先輩っ!!」



リオネちゃんは迷うことなく洞窟へと駆けだす。

ほんと、できた後輩やわ。デュース、あんた愛されてんな。



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