第8話 2周目の裏ボスと夕焼けの教室


窓から春の陽気が差し込む昼下がりの教室。

教壇を見下ろしながら段々になった机の最上段で俺は小さく欠伸をする。



「~であるからして、魔法陣の本質とは………」



教室に響く教師の声を聴き流しながら、俺はぼんやりと先程の出来事を思い返す。

勇者の言動に偽りがないのであれば、あの先は魔王城同様に“ロックされたエリア”ということになるらしい。


不思議なのは勇者だけが通れない・・・・・・・・・ことだ。

俺は懐からストラテジー・ブックを取り出すと王立騎士学校アカデミーの地図を開く。



「……特段違和感はないな」



描かれている地図に変な箇所は存在しない。……あとで勇者を連れて再検証するべきか?

それにしても、確かにあの辺りは普段人が立ち入るような場所ではない。勇者がこれまで見えない壁の存在に気が付かなくても仕方がないと言えば仕方がない。



「……ん? “見えない壁”?…………まさか!?」



その時、俺の脳裏に1つの仮説が思い浮かぶ。

思わず立ち上がった俺に周囲の視線が突き刺さる。



「あっ、すんません……」



慌てて椅子に座りなおした俺の頭が急激に冷えていく。


…勇者がぶつかった“見えない壁”。それは、かつて俺が頭をぶつけた“壁”のような物だったのかもしれない。つまり、彼女は“定められた領域”の中でしか行動ができないのかもしれない。この世界ゲームの設定上その先・・・があったとしても、彼女がそこに足を踏み入れることはできない。



「……でも、“ロックされている”って言ってたよな」



そう、彼女が読み上げたエラーメッセージは俺が魔王城に入ろうとして出てきたメッセージと同じ、“このエリアはロックされています”という文言だった。つまり、何かしらの“鍵”があれば、彼女もまた“定められた領域”の先に足を踏み入れることができるのかもしれない。



「要するに、同じ問題ってことだな…」



俺が地下の魔王城に入れないのも、勇者が“見えない壁”を超えられないのも、この世界ゲームの設定からの逸脱が可能なのか、という問題に帰結する。そして、そのためには、あるかもわからない“ロック解除の鍵”を見つけ出す必要がある。



「そんなこと、俺にできんのかなあ」



思ってもない弱音を吐いて俺は机に突っ伏す。

幸い俺の席は最上段の最端。恐らく教師に見つかることはないだろう。


1周目の時は食い入るように聞いていた魔法基礎の授業も、今は退屈だ。まあ、難しいことは夜に考えよう。とりあえず今は、ねむい。


春の陽気に誘われ、俺はゆっくりと目を閉じるのだった。



▲ ▽ ▲


「ふふふ、かわいいっス」



夕焼けの差し込む放課後の教室。

私、リオネ・メリュジーヌは教室の机で寝ているデュース先輩のほっぺをつっつく。



「おーい、センパーイ。起きてるっスかー?」



穏やかに寝息を立てるデュース先輩の姿に自分の口角が上がるのを抑えられない。まさか、推しに触れることができるとは夢にも思っていなかった。



「転生して、良かったなあ」



相変わらずスヤスヤと寝ているデュース先輩を眺めて、しみじみと呟く。


今思えば、Vtuberを引退し、日課だった配信を止めてからはやりたいことも、することもなくなり、孤独を埋めるために始めたゲームでできた推しがデュース先輩だった。



「デュース先輩は、私が幸せにするっス」



幸せそうな寝顔を見て、私は改めて決意する。


私はステイタス画面を開いてピン止めされた攻略情報の画面を開く。“悲運の皇子”それがデュース・ヘラルドのキャラクター説明のタイトル。


“かつて世界を恐怖に陥れた魔王の才能を引き受けた庶子ながら、父に捨てられ、早くに母を亡くした彼は魔族とのハーフとして差別を受けながら孤児院で育った。それでも魔王の子としての才能を見出された彼は王立騎士学校アカデミーに通うこととなったが、魔族の血を宿した平民出身の彼は生徒から孤立し、やがて世界を恨むようになる。王立騎士学校アカデミーを卒業した彼は魔法助手として学園に残り、学園の地下に潜むかつての魔王城を発見するのだった。”


乙女ゲーにありがちな暗い過去を持つキャラではあるけど、何故か『マジカ・カーニバル』の攻略対象キャラになっていないのがデュース先輩の特徴だ。



「闇落ちデュース先輩も好きっスけど、私がいるからには幸せにするっスよ!!」



“推しに絡みまくる”という不純な決意を胸に、私は優しくデュース先輩の黒髪を撫でる。少しむずがゆそうに喉を鳴らしたデュース先輩が、ゆっくりと目を開く。



「あ、先輩。起きたっスか?」



寝ぼけているのか、デュース先輩は開き切らない目で私を見る。ゆっくりと彼の手が伸び、私の顔に手が添えられる。淡い微笑みとともにデュース先輩の顔が近づいてくる。


えっ、もしかしてキスされる? え、待って?

―――あっヤバいヤバいヤバい。



「……あの時はゴメンな」


「へ?」



ひとこと言い終えたデュース先輩は再び眠りにつく。いや、どういうことっスかっ!? 今のはキスされる流れだったでしょっ!!



「ちょっ、先輩!!ズルいっス!!起きてください!!今の何だったんスかっ!!」


「ん? うーん…ん? へ?」


「へ? じゃないっスよ!!さっきのは…」


「……なんで君がここにいるんだ?てか、なんでそんなに顔が赤いんだ? 熱でもあるのか?」


「~~~っ!!」


「おいっ!!やめろっ、背中を叩くな」


「バカ、先輩、めっちゃバカっス!!」


「なんで俺を罵りながら笑ってんだよっ!!」



思いっきりデュース先輩を引っ叩きながら、思わず笑いがこみ上げてしまう。なんだか懐かしいような、青春の香りを感じながら、私は笑顔でデュース先輩を叩き続ける。



「……盛り上がっている所すまない」



その時、教室の扉が開く音がして2人の時間に邪魔が入る。少し気まずそうに現れたその邪魔者は、リカルドだった。


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