第6話 2周目の裏ボスと決闘の誘い



「………朝か」



目を覚ました俺はベッドから起き上がる。

1周目で覚醒してからはぶっちゃけ眠る必要などないが、習慣のような物である。


そう、染み付いた習慣という物も抜けないものである。



「さて、行こうか」



軽く顔をすすいで、俺は扉に立掛けた木刀を握る。朝のトレーニング。世界の真実を知ったあの日から、欠かさず続けている日課。


まだ寝静まっている男子寮の廊下を通り抜け、俺は裏庭に向かうのだった。



▽ ▲ ▽



王立騎士学校アカデミーの裏庭。


旧校舎の跡地であるこの場所には、その名残として2本の柱が残されている。1本は純白の大理石でできた柱。もう1本は漆黒の黒曜石でできた柱。


俺はその2柱の間をダッシュで駆け抜けては、柱にタッチして反対側の柱まで走る。



「...…あと15本っ」



ありがたいことに、この裏庭には滅多に人が来ることがない。柱間ダッシュ30本、腕立て30回スクワット30回、素振り50本を6セット。これが朝のルーティンである。


体力も魔力も、まずは身体作りから。特に学園に入学してからはステイタスの伸びが著しかった。

まさに、このルーティンワークが裏ボスまで至った俺のステイタスの根幹を作り上げている。


その時、裏庭に近づく誰かの足音が耳に入ってくる。



「あれ? 先輩じゃないっスか。何してるんスか?」


「……また君か」


「そんな言い方ないっスよ、先輩!! それで、そんな汗かいて、いや私的には眼福って感じスけど……って、そうじゃなくて、朝っぱらから何やってるんスか?」


「ああ、女性の前で上裸ははしたなかったな。すまない、上着を着よう。何をしているも何も、日課の朝のトレーニングをしているだけだよ。君こそ、こんなところに何をしに来たんだい?」


「……えーっと、ちょっと散策してただけっス。デュース先輩……柱の裏技を知ってるんスか?」


「ん?何のことだ?」


「……いや、なんでもないっス。気にしないでください。それより、先輩のトレーニング見ててもいいっスか? あっ、別に上着は着ないで大丈夫っスよ。」


「別にいいが……別に面白くもないぞ?」



俺の言葉に彼女は満足げに頷くと、いそいそと黒い柱の方に駆けていく。


その後は、ひたすたにルーティンを消化する俺と、それを眺めながら柱をペチペチ叩く勇者というシュールな構図で早朝の時間が過ぎていく。



「先輩、これ毎日やってるんスか?」


「ん? 休暇で学園を離れている時以外は毎日やっているぞ?」


「……あー、そりゃ強くなる訳っスわ。だって、強化バグの柱タッチを天然でやってるんスもん」


「何か言ったか?」


「なんでもないッス。それより、今日はこれで終わりっスよね?そろそろ私はお暇するっス」


「そうか、今日は相棒バディに誘ってこないんだな」


「なんスか? ほんとは誘って欲しかったんスか? 先輩ったら、ツンデレなんだから~」



そう言ってニマニマとした笑みを浮かべる勇者を追い払う。水平線にあった朝日もそろそろ高くなり始めている。さっさと男子寮に戻ろう。



▲ ▽ ▲



男子寮に戻った俺は汗を流すために大浴場に向かう。さっそくシャワーを浴びようと足を踏み入れると、既に湯船に浸かっている先客がいた。



「…リカルドか。おはよう、珍しいな。」


「おう、デュース、おはよう。君が毎朝風呂に入っていると聞いてな。」


「ってことは俺に用か。まあ、何となく要件は分かるが……おおかた彼女のことだろう。」


「その通りだ。単刀直入に言おう。デュース、俺と決闘しよう。」


「……は?」



リカルドの発言の意図が分からず、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


決闘だと?こいつは何を言ってるんだ?



「ん? なにか変な事を言ったか?」


「いや、変な事しか言ってないぞ。決闘だと?どういうことだ」


「そのままの意味だ。彼女が君を相棒バディに望んでいると聞いてな。ならば、正々堂々とどちらが彼女の相棒バディに相応しいか決めようじゃないか。」



このアホはマジでなにを言ってるんだ?てか、俺と決闘とか、死にたいのか?


正直、今のリカルドの魔法が俺に直撃したとして、ダメージを与えられるとは思えない。



「いや、別に俺は彼女の相棒バディは君でいいと思ってるんだが……というか、そもそも君は彼女に断られたんだろう? ならば別に俺達が戦う必要はなくないか?彼女の好きにさせればいいじゃないか。」


「なにを言っているんだ、デュース。彼女は俺の誘いを断った時に”俺よりデュースの方が強いから”と言って断ったんだ。なら、俺の方が強いことが証明できれば、彼女は俺を選ぶだろう。」



……シンプルに鼻につくな、コイツ。そもそもリカルドってこんな奴だったか?


思い出す限りでは普段はもっと爽やかな貴族さまのはずだが、何があったんだ。そういや、1周目の時は勇者にボコされて彼女の仲間になっていた気がする。


もしかすると、この性格が勇者によって矯正されてたのかもな。



「……なんだ、デュース。俺と戦うのが怖いのか?」


「そんな見え透いた挑発には乗らない性質たちなんでね。それに、公爵貴族サマが平民の俺にわざわざ手を下す必要もないだろ。違うか?」


「君が平民だからこそだよ、デュース。今回の件の相手がどこぞの貴族であれば俺もまだ手を引いたさ。それが何だ。誰が良いかと思えば、彼女に庇護も与えられない平民の君じゃないか。彼女の為にも、俺の方が強いことを証明しなければならん」


「負ける気は毛頭ないんだな。それにしても、彼女の何がそんなに良いんだ?」


「言わんでも分かるだろう。彼女の魔法の才能は新入生達の中でも群を抜いている。あのような才能は貴族われわれによって活かしてやらねばなるまい。」


「……お前って、最悪だな。」



ああ、イライラする。だから俺は貴族が嫌いなんだ。


こちらの都合は気にも留めない。なにかあれば”お前たちの為だ”だの“我々の庇護の下に”などと抜かしやがる。俺達に目もくれず傍若無人に振舞って、そのくせ、その醜い下心を隠すために俺達平民の無力を理由に使う。その権力は無数の平民によって支えられているのにも関わらず、だ。


目の前にいるこのアホは、まさに貴族らしい貴族だ。



「なんだ、ようやく戦う気になったか。」


「ああ、分かった。お前の性の根を叩きなおしてやるよ。」



気付いた時にはリカルドの決闘を受け入れていた。乗せられた気がしなくもないが、いかんせん腹が立ったのだから仕方がない。


1周目で倒してしまった罪悪感で避けてきたが……こうなてしまってはいい加減に俺も彼女の相棒バディになる覚悟を決めないとな。


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