第1章 分離拡張空間:地下魔王城

第4話 2周目の裏ボスと深夜の爆音



「えっと……なんで?」



俺は自分に向けられる周囲の視線を感じながら、目の前の少女に問い返す。途端に先程までキラキラとしていた彼女の青い瞳に不安の色が混ざる。



「...い、いやッスか……?」



不安そうな表情を浮かべて俺を上目遣いに見つめる未来の勇者リオネ。……1周目であっさり倒してしまった直近の記憶もあって、なんだか罪悪感が凄い。



「嫌って訳ではないけど………」



とりあえず、騒ぎにならないように断ろう。これは今すぐ判断できるような選択じゃない。そもそも本来モブである俺が、この段階で出しゃばらない方がいいだろう。


俺はそっと差し出された彼女の手を掴む。

周りに聞こえないように少しだけ彼女の耳元に近づく。



「……ひゃっ」


「君にはもっと相応しい相棒バディがいると思うよ?」



そう言って彼女の顔を見ると、何故か顔を真っ赤にして青い瞳は動揺の色で揺れていた。……1周目では睨まれたことが多かったから、なんだか新鮮だな。というか、この子はなんでこんなに慌ててるんだ?



「あっ、あっ……あの、で、出直してくるッス!! きょ、今日はこの辺で勘弁してやるッス〜!!」



あっ、行っちゃった。


謎の逃げゼリフを吐き捨てて彼女はもの凄い速度で校舎の方に走り去ってしまった。そもそも、あの子ってあんな喋り方だっけか?



取り残された俺に周囲の熱い視線が突き刺さる。

俺もそんな視線から逃れるように広場をそそくさと去ることにした。


……マジで、いったい何だったんだろう。



▲ ▽ ▲



「そういや、1周目のあの子の相棒バディって誰だったんだっけ」



月明かりの差し込む男子寮の自室で俺はストラテジーを展開する。


相棒バディ。それは王立騎士学校アカデミーの新入生1人につき1人の3年生が付いて学校生活のサポートや魔術・武術の指導役になる制度である。


平民出身の俺には関係ないが貴族の子息の多いこの学校においてこの相棒バディ制度は今後の社交界での立ち位置が決まる重要な決断になる、らしい。だから当然ながら1周目では俺に相棒バディになって欲しいと願い出てくる新入生はいなかった。



「えーっと、ああ、リカルドの奴か。懐かしいな」



リカルド・アルファザード。

王国北方に領地を持つアルファザード公爵家の長男坊。


彼の出身は伝統的に北方の蛮族からの防衛を任されている武闘派貴族であるアルファザード家。貴族として血統がよく、魔術も武術もそれなりに優秀。なにより本人の性格が良い。


やがて勇者リオネの仲間になる彼だが、最初にリオネの相棒バディがリカルドになると決まった時には生徒に衝撃が走っていたのを覚えている。



「まあ、公爵家の、さらに良家の長男だからな。貴族連中からしたら面白くないだろう。」



そういえば、大抜擢に嫉妬した貴族のご子息さま、ご令嬢さま達が事件を起こしたりもしてたな。


実はその間に何度か俺も彼女の暗殺を試みたが、全て失敗に終わった。結局、世界から俺に与えられた彼女を倒す機会は最終局面の、あの場面しかないことが分かって、その後は直接接触するのを避けるようになった。



「まあ、リカルド相手ならあの子も断らないだろう。さて、俺もそろそろ行くか…」



俺はストラテジーを閉じると、寝転がっていたベッドから立ち上がる。時刻は皆が寝静まる夜の3時。足音を消して俺は男子寮の部屋を出て校舎へと向かう。


向かう場所は中庭の一角、王家を称える文章の刻まれた石碑。その裏にある隠された階段の下、その空間が俺の目当てだ。



▲ ▽ ▲



〘このエリアはロックされています〙



ポップアップされた表示に俺は溜息をつく。

既に何回か試しているが、結果は全て同じで扉の封印を解くことはできなかった。


ここは王立騎士学校アカデミーの中庭地下に隠れる魔王城へと繋がる空間。本来であれば魔力を通すだけで解かれるはずの扉の封印は、一向に解かれることはなかった。



「いっそぶっ壊すか……――アステ・ディアス」



視界を奪う光の彷徨と衝撃音が響き渡る。

扉は…無傷だった。かなりの威力の魔法を放ったはずなんだけどな。


「やべ、杖折れた……」



手元を見れば学生時代に使っていた杖が折れている。魔力に耐えきれなかったのか、真ん中から真っ二つになっている。…こうなっては仕方がない。いったん部屋に戻ろう。




「侵入者がいるはずだっ!! この辺りだぞっ!!」


「こっちの方角だ!! 急げっ!!」



階段を昇って地上に上がると、警笛の音と共にこちらに駆けてくる数人の警備兵の姿が見えた。


これは…やらかしたかもしれない。たぶん、さっきの魔法の音が漏れていたのだろう。そこそこの威力だったから周囲に衝撃音が響いていてもおかしくない。……つまり、とんずら一択ということだ。


俺はちゃっちゃと階段に蓋をして入口を隠すと、隠密魔法で身を潜めて部屋へと戻る。後で現場の様子を見に戻ると、既に先生方も集まって割と大事になっていた。



▲ ▽ ▲



「あー、こりゃダメだ」



翌朝、改めて様子を見に行くと、既に中庭の周りには野次馬根性が旺盛な生徒達で人だかりができていた。警備兵が集まる生徒達を追い払い、確認すると中庭は立入禁止になっていた。


夜も警備は継続されるみたいだし、しばらくは近寄らない方がいいかもしれない。



「あっ」


「あっ、先輩じゃないっスか!! 待って下さいっス!!」



振り返って教室に向かおうとした時、昨日ぶりの赤髪の少女の青い瞳と目が合う。咄嗟に歩く方向を変えて逃げようとした俺に、彼女も追いすがってくる。


さあ授業が始まるぞ〜。急いで教室に行こっと。

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