第11話  伊勢に出陣

 八月二十日、信長は、七万の兵を率いて岐阜から伊勢表へと兵を進めた。


その日中に、伊勢桑名に出て逗留。翌日は鷹狩に出かけた。

二十二日、白子山観音寺まで下り、そこに陣を構える。


二十三日、さらに海岸沿いに安濃津を越えて木造城に入り、陣を構えた。

この日は雨であった。


そもそも、伊勢攻めのはじまりは伊勢国の内乱にあった。


伊勢は国司北畠が支配する地域である。

支配する北畠家は公家の出である。


平安に国司として赴任して以来、室町になってからも伊勢守護として勢力を保ち一志郡多芸城を本拠地としていたが、次第に諸氏に分裂をし、郡ごとに木造氏や坂内氏、田丸氏、星合氏、波瀬氏、岩内氏、藤方氏などに分かれ、各々が地域支配を行っていた。


そのなかでも、もっとも大きな勢力が木造氏であり、たびたび宗家と対立を繰り返していた。


信長は、その北畠具教の実弟である木造具政から、滝川、柘植らとともに五月に援助を要請されていたのである。


すでに、安濃津に進出した段階で、神戸城の神戸具盛、長野城の長野具藤を味方に付けた信長軍は、北伊勢八郡を出中に収め、残る伊勢五郡を支配する国司北畠と対峙していた。


八月二十四日、北畠具教は信長の信軍を聞き、すでに木造城の囲みを解いて大河内城へと引き上げ、兵を支城に分散させて待ち構えていた。

その兵はわずか八千あまりであった。


二十六日、先駆けとして、秀吉に木造城の南西の丘陵先端上に位置する阿坂城の攻撃を命じた。


丹波攻めで功をおさめ意気揚々の秀吉は先陣を切って尾根沿いの塀際に詰め寄り攻め入ったが、旨く行かず薄手を追って退却したが、滝川左近一益が援軍に入り落城させた。


信長は、高城、枳城、岩内城、伊勢寺城、岡ノ谷城などの支城には構わず本城へ進めと、全軍大河内城包囲へと向かった。


信長自ら馬で駆けまわり敵の陣配置を見据えて、阪内川を挟んだ東の山に本陣を構えさせた。


その夜、麓の町屋を焼き払い、翌二十八日。


谷を挟んだ南の山に、織田上野守信包(尾張)、滝川左近一益(甲賀)、津田掃部一安(伊勢)、稲葉伊予良通(美濃)、池田勝三郎恒興(尾張)、和田新介定利(甲賀)、中島豊後守(尾張)、進藤山城賢盛(近江六角)、後藤喜三郎高治(近江六角)、蒲生右兵衛大輔賢秀(近江六角)、永原筑前、永田刑部少輔正貞(近江六角)、青地駿河守茂綱(近江栗太)、山岡美作守景隆(近江栗太)、山岡玉林景猶(近江栗太)、丹羽五郎左衛門長秀(尾張)。


川を挟んだ西の山に、羽柴秀吉(尾張)、氏家卜全直元(美濃)、伊賀伊賀守定治(美濃)、飯沼勘平長継(美濃)、佐久間右衛門信盛(尾張)、市橋九郎右衛門利尚(美濃)、塚本小大膳(尾張)


川を挟んだ北の山に、斎藤新五利次(美濃)、坂井右近政尚(尾張)、蜂屋伯耆(美濃)、簗田弥次右衛門(尾張)、中条将監家忠(尾張)、磯野丹波守員政(近江浅井)、中条又兵衛(尾張)。


本陣の東の山に、柴田修理勝家(尾張)、森三左衛門可成(尾張)、山田三左衛門(尾張)、長谷川与次(尾張)、佐々内蔵介(尾張)、佐々隼人勝通(尾張)、梶原平次郎景久(尾張)、不破河内光治(美濃)、丸毛兵庫頭長照(美濃)、丹羽源六氏勝(尾張)、不破彦三直光(美濃)、丸毛三郎兵衛兼利(美濃)


全軍で包囲しその四方にしし垣を三重に回し、さらに尺限廻番として、菅屋九右衛門長頼(、塙九郎左衛門直政、前田又三郎利家、福富平左衛門秀勝、中川八郎右衛門重政、木下雅楽介嘉俊、松岡九郎二郎、生駒平左衛門、河尻与兵衛秀隆、湯浅甚介、村井新四郎、中川金右衛門、佐久間弥太郎、毛利新介良勝、毛利河内守秀頼、生駒勝介、神戸賀介、荒川新八、山田左衛門尉、佐脇藤八良之等、尾張衆に仰せつけた。


また、本陣信長御座所番には、馬廻・小姓衆・弓衆・鉄砲衆を押せつけられ万全の陣形を整えた。


そして、九月八日、丹羽長秀、池田恒興、稲葉良通に西搦手、俗にいうマムシ谷から夜討ちを掛けさせた。


三手に分かれて攻められるもあいにくの雨で鉄砲が使えなかったこともあり、敵の防戦にあい、丹羽陣営では浜松豊前守、神戸伯耆守、神戸市介、山田大兵衛、寺沢弥九郎、溝口富介、斎藤五八、古川久助、河野三吉、金松久左衛門、鈴村主馬らが、池田陣営では朝日孫八郎、波多野弥三、落合小左衛門等が討ち取られ大きな損失を出した。


九日。それを見た信長は、滝川一益に命じ、国氏館多芸城の焼き討ちを命じ、守護所を焼き払わせ苅田を行い、兵糧攻めを始めた。これには耐えきれず多くの将兵が信長方に寝返った。


城内城下でも餓死する人々が増えるにしたがって籠城はもはやすでに限界が迫っていた。


信長は、秀吉を呼び寄せこの様子を京に伝えるようにと上洛させた。


「秀吉。この様子を京の村井に伝えろ」

「なにゆえでござるか。あと一押しでおわりではござらぬか。殿の頭ン中はいつもわからんでよ」


「何も考えんでよい。戦の事だけ考えておればよい。何でもよいから、早く京へ迎かわぬか」


あたふた早々に出発した秀吉に託されていたのは、この状況を足利義昭に伝えるためであった。


(畠山家をつぶすか、つぶさぬかは、義昭が考えることよ)と、信長は思っていた。


九日の夕刻に伊勢を発った秀吉は、十日の昼過ぎには京に到着した。


「村井殿、なにやらこの文を渡せちゅうことの様で、殿に仰せつかってまいりました」

「大変でござりましたな、戦はいかがでござりましたか」


「あと一押しというところで、わしにこの文を持たせて、殿は茶飯をくろうてござった。よくわからぬ。殿の事は。ま、わかればわしは天下をおさめとるがな」


「どれどれ、文を。なるほど。そうでございますか」と、貞勝。

「さっそく、お伝えしましょう」と、部屋を出ていった。


(なるほどそういう事であったか)と村井は、いそぎ将軍の第に向かった。


そのような中、足利義昭も伊勢での信長の行動については間者からの知らせを受けて飲み込んでいたところであった。


ただ、なぜ信長がわが臣下の守護を攻撃するのか。許せぬ気持ちも昂りつつあった。


「なにゆえ、信長殿は国司の北畠殿を攻め入りおるのか。解せぬ。国司といえば帝の臣下でもあり、平安の世よりの名家にして誰もが尊ぶ家系である。予の幕府の守護でもあり、斎宮や伊勢を預かられる御身。とてもあのような傍若無人な行動にでるなどあるまじき行動ではないか」と村井に尋ねる。


「領国の争乱。未だ収まらず大きな騒動となりつつあり。守護としての役目を果たしてはいないとのこと。天と将軍のために、織田殿自ら出兵し平らげたとのことでござる。決して、首を上げようなどという事ではござらず。灸を据えることくらいのことではないかと拝察いたしまするに」


「予はどうすればよいのじゃ。村井申せ」

「北畠様と信長様の間に立ち和議を仰せつけられることが良いかと。さすれば将軍様の威厳が保建てられますゆえに」


「それが信長殿の望みか」

「いかにも」


「わかった。すぐに内書をしたためることとする。それで北畠を救えるのであればな」と、渋々、義昭は祐筆に準備させることにした。


十二日、その文を持ち、再び信長の待つ本陣に秀吉は帰り着いた。


「猿。遅い。待ちくたびれたは、何もせずにただ飯を食って陣をうろついておるのは窮屈である。して、どうであった」


「よくわかりませぬがな。村井様にいわれるまま、甲冑を脱ぎ、風呂に入り、飯を食らい。部屋で待っていただけで・・・」と悪びれて秀吉。


「たわけ者よの。相変わらず。まあよいわ」と、満足げに信長は振り向き、この文を北畠に届けるようにと丹羽に命じた。


北畠家の滅亡と自らの命を差し出す覚悟していた具教は、将軍足利義昭からの和議書を見て、子孫や家臣たちの事を思い、家臣たちとも合議を諮り、信長と和議を結ぶこととした。


直ぐに信長に宛てて、城を差し出すこと、すべて信長に任せることを誓詞し降伏した。


信長からは、信長の次男茶筅丸を息の具房の養嗣子として迎え入れること。具教の娘雪姫を茶筅丸の嫁とすること、自らは出家して今後北畠の家ごとには関係しないことなどを条件として提示した。


これにより、織田家は伊勢国司であり公家の出である北畠との血縁関係を結び新たな地位を築いたのである。


十月四日、城は開城され滝川一益、津田一安に引き渡され、茶筅丸に家督を譲られた。


北畠父子は、おのおの笠木館、坂の城に退いた。あわせて、信長は田丸城をはじめとする諸城を破城させた。


すべての処理を終えた信長は、五日、伊勢山田に陣を移し、その夜は堤源介の屋敷に逗留。


六日、伊勢内宮・外宮、朝熊神社に参拝。七日に木造まで戻り、八日に上野城に陣を移した。


茶筅丸の居城を大河内城と定め、津田一安を家老として、安濃津城、渋見城、木造城を滝川一益に預け、上野城には織田信包を入れた。


そして、信長は馬廻だけを連れて、九日に千草峠へと向かった。


しかし、あいにくの大雪のため足止めをくらい。ようやくの事、十日に永源寺市原に着き、十二日に洛中に入った。


このことを苦々しく思い、よく思っていなかった者がいた。将軍義昭である。

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