第3話 信長、立政寺で義昭と対面す
「信長という男、予を待たせるか。もう二日になる」と、小座敷で待つ義昭が、十兵衛に云った。
「いましばらくののちに、ご到着とのこと」と、光秀。
当の信長は、到着後すぐに書院の広間で対面の支度を続けていた。
烏帽子直垂に着替え、広間の末席に銭千貫を三宝の上に乗せさせ、さらにその横に太刀、鎧、武具、庭には馬を繋ぎ、これらすべてを進上することで上洛の準備となすことを伝えようとしていた。
(さて、将軍とはどのようなものか。先まで、剃髪し僧侶のみであったものが還俗し、この先将軍としてやっていけるものか、見極めなければならない)
信長は襖の前で、一息入れていた。
そして、和田惟政に引手に手をかけさ、水墨画で仙人が描かれていた襖を開かせた。
と同時に、義昭が奥の書院から入ってき床を背にして座した。
あとから、明智十兵衛光秀が入り、脇に控える。
(意外と小柄な男)と、信長は思った。
「遅くなり申した。織田弾正中信長でござります」と、まずは、礼に従い座して頭を垂れた。
「迎えご苦労である。近こう寄れ」と、親密さを示すように義昭が畳を指した。
(運を持つ男との評判通り、凛とした面構えである。しかし、眼の底に潜む氷のような冷たさも同時に感じる)と、義昭は思った。
「余は全てをそちにまかせ、上洛を果たし足利の再興を諮る所存である。世とともに洛中に参られよ、悪いようにはせぬ」と、信長に向けて語りかけた。
「そのために、ここに参りましてござりまする。ここに上洛のための装束を用意いたしておりまする。太刀、この鎧、この御馬にてご上洛を整えていただきたい。われは3万の兵を引きいてきまいっておりまする。これより先、導し、眼前にある近江の者どもを蹴散らせて、上洛までの路地を警護させていただきたいと存じまする。いかがでこざるか」と、信長。
「存分に」と、短く義昭は云った。
(いずれにしても、この男にすべてを託すしかない)と、義昭は考えていた。
(いずれにしても、この男とともに歩むしかない)と、信長も考えていた。
少なくとも、この時、二人の思惑が一致していたことは間違いがなかった。
「それでは、これより近江に発ちまするゆえ。追って、お知らせいたす。そののちゆるゆるとご上洛いただければと、路を開けおきまするゆえ、進みいただければと存ずる」と、云うが早く、信長は立ち上がり立ち去って行った。
一度、広縁で立ち止まった信長は、後を追うようにして来た和田に耳打ちをした。
「義昭の傍に座していたものが明智か」と、聞いた。
「さようでございまする」と、惟政。
「そうか、あやつは使える」と、短く信長は言葉を返した。
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