第5話 改めてはじめまして
約束した次の日の放課後は当たり前ながら、あっという間にやってきた。
場所は昨日と同じ生徒会室。
松田にも部活のことを話したら、思った通り二つ返事で承諾してくれた。
部活を作るということにも乗り気で、いろんな案を絶えず提案しては双子に却下を出されている。
「えー、いいと思うんだけどな。世界珍料理研究部。」
「なんか嫌だよ……。輝月、美味しいものが食べたいもん。」
「姫!珍味がゲテモノとは限らないから!手に入りにくいとか作りにくってだけで美味しいものかもしれないじゃん!その可能性を探求するんだよ。」
「うう……なんかそう聞くとそうなのかなぁって気がしてきた。」
「ちなみに第一回は【昆虫食】を作るのはどう?最近流行ってるし。コオロギとか。」
「ダメ。やっぱり却下!!」
松田がいつの頃からか輝月さんのことを「姫」と呼ぶようになったのも大分耳慣れてきた。
咲夜くんは「王子」と呼ばれるのを嫌がっているけれど、松田のテンションと押しの強さにもはや抵抗する気もなさそうで好きなように呼ばせている。
「もしかしたら、向こうの人たちにはもうやりたい部活があるのかもしれないよ?顧問だってもう決めてるって話だし。」
「確かになぁ。気合い十分!って感じだよな。逆になんでそんな気合い入りまくってるのに人が集まらなかったんだ?」
「みんながみんな、松田くんのような人間ではないんですよ。」
「どういうことそれ?」
「どうぞ、ご自分でお考えください。」
わいわいと騒がしい僕たちと比べて、生徒会室に続く廊下はシンと鎮まりかえっていた。
松田の持っている紙袋がガサガサとなる音も、やけに目立って聞こえる。
いつもはなんやかんや生徒会室には人が入れ替わり立ち替わりしているのだけれど、今日は昨日と同様人の気配が全く無い。
また赤羽が人払いでもしたんだろうか?
コンコンコン
念の為、ノックを三回。
もしかしたら、誰もいない可能性もあるし、誰かが秘密の話をしている可能性もある。
扉の向こう側から、何かが動く音がして教室の中が不在でないことがわかった。
「待ってたよ。生徒はもうきてる。」
扉が開き、赤羽が僕たちを迎え入れてくれた。
教室の中は、昨日のように夕日の光だけに頼った怪しいオレンジ色ではなく、しっかりと蛍光灯の光がついていて健全な白い空間が保たれている。
彼に手を向けられて教室の中に入っていくと、言った通り、すでに誰かが来客用のソファーに座っていた。
「あれ?」
どう足掻いても記憶から消えないだろう強烈な印象が頭の中で瞬時にフラッシュバックする。
制服の上から羽織った黒いパーカー。そのパーカーの影からのぞく緩く編まれた三つ編みの黒髪。
こちらからはフードのせいで見えないが、その顔面には学校という場に置いてひどく不釣り合いな黒い眼帯が隠れていることを僕は身をもって知っている。
「……厨二病の人。」
「ああ、なんだ子羊か。」
彼女が驚いたように目を丸くする。
僕の目も彼女に負けないくらいまん丸になっているだろう。
「知り合いか?」
赤羽が意外だというように僕たち二人を見比べる。
まぁ、確かに意外ではあるだろうな。
できるだけ大人しく生きてきた僕としては、彼女のように自分の個性に実直に生きている人間というのは真逆の存在だし。
松田もその分類に入りそうだけど、彼の場合はなんというか、まぁ彼女とはまた別のジャンルに入ると僕は思っている。
「知り合いというか。まぁ、ほんの少しね。」
「運命の巡る輪が、私たちを引き寄せたか。」
彼女は出されていた紅茶を一口啜ると、もったいぶったような動きでこちらを見上げる。
彼女の右目には、相変わらず銀の薔薇が鈍く輝き、その青白い肌は蛍光灯の光のせいで不健康さを助長されていた。
輝月さんが興味深そうに彼女の顔をまじまじと眺めている。
「かっこいい……。」と呟いた声は、この際聞かなかったことにしたい。
「僕は来栖です。来栖兎於菟。学年は二年。クラスはA組。」
軽い自己紹介の後、礼儀として片手を差し出す。
彼女は僕の手を一瞥した後、ダボダボのパーカーの隙間から見える小さな手を僕の手に軽く重ね合わせた。
手には暖かさも冷たさも感じない。
要するに、僕とぴたりと同じ体温ということだ。
手が触れているという感覚を感じられないまま、その手はさっと離れてしまった。
「春日井蘭子。二年。B組だ。」
もしかしたら後輩か先輩かもしれない、と思っていたけれどどうやら同級生らしい。
「聞いていいかな?」
「深淵を覗く覚悟があるなら。」
「そこまで深い質問じゃないんだけど。」
僕はどう答えればわからず、頬をかくと、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
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