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「でもぉ、たいていの部活ってもうあるよね?確かにアカバネの言う通り変な部活じゃないと他の部活と被っちゃうよぉ。」
「あと生徒も一人足りないし……。」
「俺と松田はもうメンバーに入ってるのか?」
「松田はこう言う話は断らないし、赤羽も参加してくれるでしょ?」
「俺は生徒会とバドミントン部を兼ねていて、すでに手一杯だよ。」
「でも、参加してくれるでしょ?」
「してくれるでしょ?」
「しろ。」
「最後の可愛げのないやつの頼みは断りたいが……わかった。でも、正直な話、籍を入れるだけで活動には参加出来ないことが多いと思う。それでもいいなら。」
「え?本当に?やったー、言ってみるもんだね。」
「……。」
赤羽が眉間を押さえて上を向いてしまった。上に何かあるのかな?
なんて、かまととぶってみたりして。
「顧問はどうだ?候補はいるか?」
「正直、誰も思いつかないよ。佐藤先生は?」
「佐藤先生は、【素晴らしい車の世界探求部】の顧問だ。」
「あー。」
「ここの学校は部活が多すぎるせいで、顧問の数と部活の数が釣り合っていない。どこの部活も顧問の取り合いだよ。でも。」
少し考えてから、彼は「まぁ、いいだろう。」といった様子で話を続ける。
「もし、お前たちが部活の形態にある程度譲歩できるなら、既に顧問の先生を確保している生徒を紹介できると思う。」
「え?どういうこと?」
「俺も経緯はよくわからないんだけどな。その、彼女は部活を新設したいらしいが思うように生徒が集まらなかったらしい。
でも、既に顧問の候補は確保できていると。顧問がいるなら部活の新設の件は受理されるべきだとここ数日生徒会に訴えてきている生徒がいる。正直俺たちも手を焼いているんだ。」
彼曰く、その気難しい生徒と一緒に部活を作れば生徒人数の件も顧問の件もクリア出来る。
あとはこの抱き合わせの二つのチームが部活動の内容についてどれだけ譲歩できるかが問題だ。
そもそも、部活動であるのだからここが一番の争点であるべきなんだろうけど。僕としては「部」ができるのであれば、ある程度何部であっても許容できる。
元々特に興味もない映画研究部に入っていた身だ。
自由に過ごすことができるのであれば、特に強いこだわりは無い。
まぁ、確かに松田の言った青春うんぬんにも、多少の説得力はあるとは思うけれど……。それを惜しむのは、僕にとって、あまりにも都合が良すぎる話だ。
「どうする?」
「そうだね。紹介してくれると助かるかも。本当にいいの?」
「生徒会としては何も問題はない。先方には俺から連絡をつけておく。明日の放課後、ここでいいか?」
「ありがとう。助かるよ。」
「俺も同席する。双子は何も言わずともついてくると思うけど、念の為に松田も連れてきた方がいい。全員で顔を合わせた方が向こうの人間も安心するだろうし。……一応
確認しておけよ、松田に。部活のこと。」
僕は返事の代わりに得意の作り笑顔を彼にプレゼントしたが、帰ってきたのは何か見たくないものを見たような彼の渋い顔だけだった。
「じゃあ、そろそろ僕たちお暇するよ。仕事、邪魔してごめんね。」
机の上には俺にくれたリストと同じコピーが複数枚と、それに付随する部活の申請書が散らかっている。
仕事の途中で、押しかけてきた俺のために自分の仕事を後回しにしてくれたのはわかっていた。
「そこまで悪いと思ってないくせに。」
「もちろん、思ってるよ。ありがとう。」
僕は輝月さんと咲夜くんに目配せをして、生徒会室を後にしようとした。
二人が先に出て行き、その後を追うために背中を向けた時。
大きな手が肩を掴み、進行方向に動いた力が止められた反動でガクンと後ろに引っ張られる。
「俺を利用していい。」
耳を圧迫するような、低い声がじわりと鼓膜に響いた。
反射的に振り返った先には、赤羽の綺麗な顔が、彼の言う「優等生」の顔を映し出しているだけだった。
耳元にあったはずの顔はすぐに離れ、手が肩に置かれたのも数秒もなく、「その一瞬」を作ったものは何も残っていなかった。
「それで俺がお前のそばにいられて、お前が少しでも罪悪感を抱くなら、それが俺の望んだことだ。」
「……優等生のセリフとは思えないね。そういう小説でも読んだ?」
「俺は元々こういうタイプの人間だよ。知っていて手を出したくせに。」
赤羽が目線をドアに向ける。
双子はドアの外でまだ何か言い合っていたけれど、僕がすぐに出てこないことに痺れを切らして間も無く顔を出すだろう。
「それに、今までお前に言ったこと、全部が本心からだ。双子が来た日に玄関で言ったことも、たった今、俺が言ったことも。全部が俺の言葉で、全部がお前のせいだ。」
彼の言葉が僕の心臓に吹き込まれる。それは生暖かく、真夏の雨上がりの空気ようにじっとりと体に纏わりついた。
体に染み付く重さに、幾許かの安心感と恍惚が混じり合い、指先がジンと痺れていく。
あの日、玄関の引き戸の隙間から僕の腕を掴んだ手。
その隙間から見た玄関の蛍光灯に群がる羽虫が、光に焼かれて落ちていく姿。
「じゃあ、また明日。」
そういうと、今度こそ赤羽は僕に背を向けて先まで作業をしていた長机の方へ戻っていった。
「ねぇー、兎於菟!お兄ちゃんが意地悪するんだよー!」
「意地悪じゃない。お前のためを思っていってるんだ。」
思った通り顔を出した双子を宥めながら、生徒会室を後にする。
さて、どうしたものだろうか。
無自覚が無自覚でなくなるほど、たちの悪いものは無い。
彼を思う純粋な気持ちが、ある不純な思いから立ち上っていたことなんて誰が気づいていただろう。
日を追うごとに、以前の自分に違和感を覚えることが増えた。
前の自分の善良な部分が、全て打算的であるかのような不快感とそれに伴う満足感。
この違和感を鎮めるために、僕は双子の他愛のない戯れにただ耳をすませた。
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