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一切の部活の頂点にいるのは言わずもがな生徒会である。
各々の部活に体験入部する気がさらさらない僕は、新しい部を探す近道として生徒会役員に接触することを試みた。
「と、言うことなんだけど、比較的活動が緩い部活って何かないかな?」
「そんなものは無い。」
ここでも無慈悲に一刀両断された僕は深くため息をついて机に頬を押し当てた。
「赤羽でも知らないかぁ……。」
「知らないも何も、そういう部活は年々処分対象に上がってくるようになっているからな。今年は映画研究部がその槍玉に上がったが、お前が言う「緩い」部活はどれも廃部候補リストに掲載されている。せっかく入部しても、すぐに廃部になるのは嫌だろう。大人しく地に足ついた活動をしている部活を選ぶんだな。」
ごもっともな同級生の指摘に、ぐうの音も出ない。
そもそも去年だって幽霊部員を貫き通してまったく部活には出ていなかった。地に足はついていなかったわけだ。
幽霊部員なだけに。
「おすすめとかない?」
「そんな、おすすめの本は何?みたいなノリで聞くな。」
赤羽は軽くため息をつくと、それでもこの不甲斐ない同級生を哀れに思ったのか卓上に置かれたリストにいくつか書き込み始めた。
「おすすめというか、向いているというのはこれくらいだと思う。」
リストには我が校が誇る部活動が30ほどずらりと並んでいた。
失礼ながら、初めて目にする部活もある。
高校にしてはなかなか種類が豊富だ。
その中の「料理部/文芸部/カリグラフィー部/美術部」に赤で丸がつけられている。
「えーと、なんでこの部活?聞いてもいい?」
「何でって。運動部を選んで怪我したらどうするんだ。他校に遠征に行くこともあるし、変なやつに付け回されたりしたらどうする。」
「いやぁ……。」
「ああ、そうか。料理部はやめておこう。活動はほとんど製菓なんだが、たまに包丁も使うかもしれないし危ないな。」
「火も使うし。」
そう言うと、赤羽は丸が付けられた料理部に二重線を引いてリストから外した。
僕は車線が足されたリストをあらためて手に取ると、リスト越しに赤羽の顔をちらと見た。
彼の顔は至極真剣そうで、ふざけたりからかったりしている様子は全く無い。
あの屋上での出来事があった後から、彼はそれまでそれなりに隠してきた僕に対する過干渉を一切隠さなくなった。
まるでいろんなものに興味を持ち始めた子供の親のように、僕のすること触るものに神経を尖らせ、その過保護ぶりでクラスを騒つかせている。
「……バドミントン部のマネージャーっていう手もある。」
「マネージャーも遠征に行くんじゃ無いの?」
「お前は行かなくていい。」
「……。僕がマネージャーになったら、クルス兄妹ももれなくマネージャーになるけど。」
「……。」
返答は沈黙で十分だ。
相変わらずの犬猿の仲に苦笑が漏れる。
「ありがとう、赤羽。このリスト、参考にするね。」
僕は生徒会室を後にしようと席を立った。
夕暮れの生徒会室には偶然なのか誰もおらず、がらんどうの空間がうっすらとオレンジ色に染められている。
窓ガラス越しに見える光は白いのに、どうしてこの場所は夕日の色だというオレンジに染まっているのだろう。
「来栖。」
赤羽が同じく立ち上がる。
勢いよく立ち上がったせいで、椅子は斜めを向いて机から遠いところに足を引きずった。
「お前にもう、俺は必要無いのはわかってる。」
「必要ない?」
「あの双子が来栖の家に居着くようになってから、お前は変わった。俺を避けているとは言わないが、明確に線引きするようになった。違うか?」
「そんなことない。赤羽は俺の大事な友達だし、今までと何も変わらないよ。」
「そうかな?」
立ち上がったまま、彼が呟くように言葉を落とす。
落とされた言葉はまるで独り言のようで、でもそれは僕に対する明確な意志でもあって、僕たちの間にうっすらと横たわる影のように足元から離れない。
「来栖のことを一番に考えて、裏切らないっていう保証がある人間を、お前は見つけたんだろう。俺以外に。俺よりも確かな人間を。」
彼の言葉は静かで、怒っても悲しんでもいない。
ただ、彼の「考えた結果」がとつとつと言葉になっている。
「お前はいつも俺を試してた。どこまで行けば俺がお前を見限るのか、どうすればお前が深く干渉しなくても俺がお前のそばからいなくならないのか。」
そんなことはない。と言って欲しいんだろうか。「そんなことはない。」というのは簡単だし、僕は実際そう思っている。
でも彼が欲しいのは、そんな安っぽい言い訳じゃない。
彼が望む言葉は、今の僕たちには少々重たい。
「気付いてないとでも思ったか?」そう言って彼は顔を逸らした。
声は笑っていたけれど、その表情は逆光に塗られ、よく見えなかった。
「絶対的な対象を見つけて、お前は俺を自分のそばに縛り付けておく必要は無くなった。俺はお前にとって用済みになった訳だ。」
「用済みなんて。」
「お前は無意識かもしれないけど、俺にはわかる。お前をずっと見てきたから。」
軽く椅子を引き、赤羽がこちらに歩いてくる。
顔は相変わらず逆光で見えない。
彼からも、僕の顔は夕日に焼かれて見えていないかもしれない。
でも、いまは表情なんてどうでもいい。
彼の歩く速度が、彼に蹴られて擦れる砂埃の音が、彼が今どうしたいか、十分に表している。
「でも、嬉しかったよ。今日は俺を頼ってくれて。」
彼の指が僕のジャケットの裾を取る。
自分という概念が覆ったあの日と同じように。
そうだ、あの時も夕暮れだった。
「お前は責任感を持たないとな。一度飼ったものを、そんなに簡単に手放しちゃ駄目だ。」
彼の指が僕の首筋を軽く撫でる。これはあの日とは逆だなと頭の隅でぼんやりと考えていた。
西日が強い。
視界は白く、熱で頭が焼けそうだ。
「お前が飼えないっていうなら……。」
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