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「おー!姫とととちゃんじゃん!」


すり減ったテラゾーの床を軽い足音が駆けてきて、僕の真横でぱたりと止まる。

輝月さんがぶら下がっていて首の可動域がかなり狭まっているせいで誰かははっきり見えないけれど、声からして松田で間違いない。


「マツダ!どうしたの?」


マツダの登場に、輝月さんの意識が逸れる。

抱擁ではなくほぼヘッドロックから解放され、やっと肺まで酸素が入ってきた。


輝月さんは僕の真似なのか最近赤羽と松田を呼び捨てにし始めた。

元々少し舌足らずだった上に、呼び捨てによって不完全さが強調されとても可愛い。それを赤羽に言うと、あからさまにドン引きされてしまった。

これもある意味親の欲目というやつだろうか。

親じゃないらしいけど。


「次移動教室で移動中でーす!お前らは?」

「咲夜君待ちでーす。ほら、あそこ。」


下駄箱前の廊下、全校用掲示板の真横には階段があり、中庭へ抜けられるようになっている。

僕が指差した中庭の真ん中あたりには正方形の池があり、その池を囲うようにぐるりと花が植えられている。

そして、その四角形の交わる先にもそれぞれ小さな花壇があり、種類はわからないそれぞれに白い花が咲いていた。

その少し先には藤棚が造られていて、その下には本物の竹で出来た腰掛けが設置されている。


その正方形の庭の隅で、咲夜君は花に水をやっていた。

彼がホースを振るたびに、光が反射して彼の周りがピカピカと輝く。


「おー、王子は園芸委員なんか。大変だねぇ、暑いのに。」


松田はしみじみというと、僕たち二人を見て、もう一度先の質問をした。


「で、二人は何やってんの?」

「咲夜君待ちだよ。」

「手伝った方が早くね?」

「日焼けするから、ここで待ってて欲しいって。」

「はぁ〜ん、流石王子!女の子の綺麗な肌を紫外線に晒したく無いってわけね!俺が日焼けから妹を守る!みたいなね!」

「お兄ちゃんは兎於菟に言ったんだよー。輝月には当番代われって言ってきたもん!」

「あらー、そうかぁ。」


咲夜君の残念な行動に松田も気づき始めているらしく、彼を見る目が若干遠い時があるが、

今まさに彼の目線は中庭にいる咲夜君を超えた向こう側を眺めている。


「で、二人は何してんの?王子待ってる間に。」

「聞いてよ!マツダ!兎於菟がね、部活教えてくれないの!」


いじわるだよねぇ!と輝月さんが松田に言い寄る。

どうやら仲間を作って、数で訴えるという作戦に切り替えるようだ。


「え?教えてあげりゃいいじゃん。部活くらい。」

「ダメ。僕はなんでも僕の真似をして欲しいんじゃ無いの。二人の自主性を尊重したいの。」

「親なのかお前は?」

「親じゃないけど、親心めいたものが芽生えてる。」


胸に手を当て、真摯に質問に答える。

今ならほんの少しだけ、子供に大量に習い事をさせる親の気持ちがわかる気がした。

僕はどちらかというと自由放任主義だけど。


「輝月は兎於菟のお嫁さんなんだってば!子供じゃないって!」

「そうかぁ、輝月ちゃんはととちゃんのお嫁さんになるのかぁ。」


松田が輝月さんの頭に手をやろうとすると、その手は音だけを残して一瞬で振り落とされた。

残像すら残さず、ただ松田の右手の甲が真っ赤になっていることだけが悲しい事実を伝えている。


「ん?あれ。でも、廃部してんじゃん。お前の部活。」


松田が涙を目に溜め、腫れた右手を摩りながら僕の頭越しに掲示板を見る。

僕が何か言う時間もなく、来栖家(僕)の双子に対する教育方針はたった四日程度で脆くも砂と消えた。


「そうなの!?兎於菟、映画研究部だったの!古典とB級のやつ!!」


興奮したように輝月さんが僕の周りをピョコピョコと跳ね回る。

あっちへこっちへアニメのように廊下中を跳ね周りながら、最後には松田の目の前に着地し、腰に手をあて、眼前にサムズアップして見せた。


「よくやったマツダ!褒めてつかわす!」

「は。姫、ありがたきお言葉。」


松田が膝まずき、咲夜さんを見上げる。

彼女もまた、右手を差し伸べ松田の右肩に手を置いた。

輝月さんは演劇部に入ればいい線行くのではないだろうか?

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