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「結婚?許嫁か何かか?」

「いや、違うと思うんだけど……。」

「思う?」

「だって僕も初耳だし。そういう感じなのかな?」

「そういう感じってなんだ?!」

「ええと、だから子供が大人にそういうみたいな?将来パパと結婚するーみたいな?」

「子供じゃないもん!」

「子供じゃないだろ!!」


あやふやな言葉の応酬に誰もが正解を求められず、唯一外野からことの成り行きを黙って見ていた咲夜君に全員の視線が集まった。


「ごめんね。記憶がないんだけど……そういう約束してるの?」

「どうなんだ。」

「お兄ちゃんもなんとか言いなよ!」


三人に詰められても、彼は焦ることもなく目線を泳がせることもなかった。

ただ、「石」を「石」だと言うように、地球は回って太陽は燃えているというのを子供に教えるように僕たちの顔をゆっくりと見比べた。


「私たちが【旦那様のもの】であるということは他ならぬ事実です。それ以上はあっても、それ以下はありません。」


笑顔の彼の口角は意地悪げにあがり、言葉の端々から優越感がじわじわと滲み出ている。

彼に話を振ったのは赤羽にとっては地雷だっただろうし、求めた答えを得られなかった輝月さんも頬を膨らませている。


当の僕はというと、どういう顔をすればいいのかわからずいつもの建前だけの笑顔を浮かべて場を濁すしかなかった。


「輝月はお嫁さんがいいよぉ。」と拗ねている輝月さんの横にいる赤羽は何も言わない。


「赤羽。なんか、言ってくれないと僕も困る。」

「……ああ。ごめん。俺から今言えることは、日本では重婚は犯罪だってことだ。」

「そうですね……。」


それきりまた赤羽は口をつぐんでしまった。

沈黙と優越感と不満がこの狭い空間にどんよりと漂っている。

全てが僕のせいであるとは思っていないけれど、自分が家中のど真ん中に座っていることはわかるので、どうにもこうにもいたたまれない。


なんとか話の方向性を切り替えようと、無理やり両手を打って気を逸らそうとした。

あまりの古典的なやり方にもっと何かあっただろうと思うけれど、考える余裕もなかったしそもそも深く考える気もしなかった。


「まぁ、今話せるのはこんな感じかな。」


正直無理やりすぎるけれど、あの微妙な空気をこれから数分間でも続けることは僕には耐えられなかったし、きっと心理的な健康にも悪い。


「……そうか。まぁ、わかった。」


赤羽は片手で顔を覆っている。

疲れたような低い声が口から漏れた。


「僕が嘘ついてると思う?」

「思わない。俺は全部話せとは言ってないから、話が全体的に不明瞭なのは仕方ない。俺が知れることを知れて、来栖に害が無いならそれでいい。」


赤羽は深いため息をつくと、フェンスに倒れ込んだ。

古いフェンスの軋む音に、彼女が猫のように飛び跳ねる。


「びっくりした!アカバネくん怖がらせないでよー!フェンス取れちゃうかと思ったー!」

「ああ、ごめん。なんか、色々ありすぎた。」


彼は大きく息を吸い、ゆっくりと三つ数えるぐらいの長さで息を吐く。

視線の先をひたりと僕に向けてきたけれど、結局何も言わずに目線を逸らした。


「……安心した?」

「してない。俺に隠してることが沢山あるみたいだからな。気は抜けない。」


そういって、体を反転させて背中をフェンスに預ける。


「でも、今俺に出来ることはわかった。気に食わないけど、そこの男と輝月さんのことはある程度信用する。結婚どうのこうのは置いといて。それがお前のためになるなら。」

「その件は俺も初耳だから、詳しくはまた二人に聞くことにするよ。」


苦笑いでその件を流し、あわよくばしばらくは浮上しないように重石をくくりつけてここにいる全員の記憶の底に沈めておきたい。

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