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昼休みの紅白戦は白熱を極め、結局決着は付かずに試合は終了した。
試合半ばには学校の窓際は沢山のギャラリーで埋まり、各々が歓声や野次を上げて盛り上がった。
その中心にいたのは紛れもなく噂の双子の片割れの咲夜くんと、期待の生徒会役員の赤羽だろう。
ギャラリーの声は低い男子生徒の野次と、女子生徒の歓声で混迷を極めていて中々面白かった。
最初は兄の不遜な態度に心配そうにしていた輝月さんも最終的には周りの生徒同様に声を上げて楽しそうにしていたのでそそのかしたこちらとしても安心した。
グラウンドから引き上げてきた二人は言葉少なに、自分の席に戻っていき、廊下から松田の「また遊ぼうなー。」という声がする。
「お疲れ様。どうだった?」
「お兄ちゃんカッコよかったよ!周りのみんなもそう言ってたし!」
「……ありがとうございます。」
咲夜くんは複雑そうな顔で、輝月さんと僕からの賛美を受け取った。
「どうしたの?あんまり楽しくなかった?」
「いえ……。」
彼はそういうなり黙り込んでしまい、僕と輝月さんは顔を見合わせた。
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放課後になり、僕たちは屋上の隅に陣取った。
部活動の時間になった屋上には誰もいない。
ここから見上げる空がどこよりも青く感じられるのはここが学校という特殊な場所だからだろうか。
雨風にさらされて錆び付いてしまったフェンスに寄りかかり、網目越しに賑やかなグラウンドを見下ろすとサッカー部が準備体操をしているのが見えた。
松田もどこかにいるだろう。
こんな青春を煮詰めたような時間帯にもかかわらず、いまこの屋上には爽やかな青春の息吹には似つかわしく無い、ちくちくと身を刺す緊張感が漂っている。
「ここでよかったの?家で話した方がよかったんじゃ無い?」
「私はここで構わないと思います。」
咲夜君がちらりと赤羽を見る。
「彼は早く話を聞きたいでしょうし。」
「……。」
赤羽が咲夜君に視線を返す。
返す視線が鋭くて、同じ場所にいるだけでいたたまれない気持ちになってくる。
「赤羽、怖いよ。ちょっと落ち着いて。咲夜君もあまり煽らないで。」
「ああ、悪かった。つい……。」
「申し訳ございません。」
二人は形ばかりの謝罪を口にして、相変わらずお互いを牽制し合っている。
真ん中に挟まれた輝月さんは昨日と変わらず暇そうで、油断すれば漏れてしまいそうな欠伸を噛み殺している。
「輝月これに必要かなぁ?二人でお話ししなよぉ。私と兎於菟はお家帰ってるから。」
「ごめんね輝月さん。僕が赤羽に直接話したいんだ。」
「ええー。でもお兄ちゃんいたら絶対喧嘩になっちゃうよ?二人はけーえんの仲だもん。」
「犬猿の仲だ。ちゃんと発音しなさい。」
意味あってればどっちでもいいじゃん。
といいながら、彼女はコンクリートの床に座り込んでしまった。
フェンスに体を預け、遠目に見える運動部の動きを目で追っている。
「まぁ、でも輝月さんの言う通り、あまり長引かせる話でもないしね。」
「……お前が話せるところまででいい。深くは求めないから。」
「ありがとう。」
僕は赤羽の言葉を額面通り受け取ることにした。
たとえ話し終えた後に彼の目が物足りないと語っていたとしても。
もし彼が全てを知らなければいけない日がくるとすれば、それはずっと後かそれとも何か取り返しのつかない事件に巻き込まれたときだろう。
「まず一つ目。心配しなくて大丈夫。僕が何かに巻き込まれてすぐに死ぬとか、そういうことはないから。」
赤羽が頷く。
咲夜君が軽く目を閉じた。
「二つ目。僕は薬を飲まなきゃいけない体みたいなんだ。だから、もし僕の様子がおかしかったら僕のカバンにある薬を飲ませてほしい。」
カバンの中から、半透明色のボトルに入った血液を見せる
。血の匂いが漏れ出ている訳がないのに、彼に僕の不道徳な行いがバレるような気がしてすぐにボトルをカバンの中にしまった。
「三つ目。僕も全部を知らないということ。僕には少し記憶障害があるみたい。でも、きっとすぐに思い出す。」
昨日見た夢をきっかけに、記憶の扉が少し開いた気がする。
時々知らない景色や声が頭の中を掠める感覚がある。
古い記憶の断片達が、僕に早く思い出せと囁きかけている。
「四つ目。これはお願い。赤羽の負担になりたくない。君は優しいし面倒見がいいから、僕のこと色々と気にかけてくれるだろうけどあまり心配しすぎないで。」
彼の生活を邪魔したく無い。
というのは、彼と自分を守るための建前でもある。
昨日の事件から、彼と僕は新しい関係になりつつある。
今朝の彼の様子を見て、彼は僕が思っている以上にこの関係に過敏になっているとわかった。
秘密を共有するということは、人を強く結びつけるが、同時にお互いの感情をひどく掻き乱すことにも繋がる。
秘密は甘く、依存性がある。
僕たちが持つ天秤が、少しでも愛情と信頼のバランスを崩してしまえば、僕たちは天秤に乗るどちらかの心臓にナイフを突き刺してしまうかもしれない。
「五つ目。これが一番気になってると思うけど、咲夜君と輝月さんは僕の家族みたいなものなんだ。昨日知り合ったばかりだから不思議に感じると思うけど、彼らに害はないよ。」
「家族?」
当たり前だけれど、赤羽が目を顰める【親戚】ではなく【家族】だと言ったことが引っかかったのだろう。
「うーん、なんていうか。僕の子供みたいなものというか。」
二人のことを説明するのは難しい。
説明し難い現象をできるだけ現実に近づけて説明しようとすると、なんだか余計怪しくなってしまう。
案の定、赤羽の目元がますます顰められていく様を見て、僕は自分の説明下手が情けなくなった。
「違うよ!輝月たちもう大人だもん、輝月たちは兎於菟のだし、兎於菟は輝月たちのでしょ。」
「来栖のもの?」
「そうだよ。大きくなったら結婚するって約束したんだから。」
花が咲きそうな笑顔で彼女が笑う。
「輝月とお兄ちゃんと兎於菟で、昔話みたいに幸せに暮らすんだよ。」
「は?」
言葉通り「は?」といった表情と目線が遠慮なく僕の顔面に注がれる。
僕はといえば、彼女の子供のような発言に無邪気さと愛らしさを感じていたところだったから、彼のその不躾な目線にそのまま「え?」という顔を返してしまった。
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