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「そういえば、兎於菟って今日弁当?自分で作ったん?」
先ほど開封したばかりのコロッケパンの袋を既に小さく畳みながら松田が僕の手元を覗き込む。
大雑把に見えて、こういう几帳面な面もある。
「いや、咲夜君が作ってくれたんだ。すごく美味しいよ。」
「一緒に住んでんの?やっぱ親戚かなんかなん?苗字似てるし。というか一緒だし。」
一瞬考えて、咲夜君と輝月さんを見た。
輝月さんはお弁当に夢中だし、咲夜君は謎めいた笑みを浮かべている。
「まぁ、遠い親戚みたいなものかな?色々あって、しばらく一緒に住むことになってるんだ。」
「へぇ。そうんなんか。でも良かったな!兎於菟って寂しがり屋だから、同居人が出来て嬉しいんじゃない?」
「そうだね、嬉しいかなぁ。」
「あ、そうだ!今度歓迎パーティしようぜ、二人の!お菓子とか料理とか持ち寄ってさ。俺もなんか作ってくわ!」
二人に何が好きかリサーチし始めた松田に、赤羽の眉間の皺がますます深くなる。
歓迎会が嫌なのか、松田の手料理に不信を覚えているのか。
おそらくどちらもだろうが、当の松田にとっては赤羽の不機嫌など大した問題ではないし、彼の眉間の深さに松田を止める力は無い。
松田にリードがついていたとして、それを引っ張る赤羽が彼の勢いに引きづられていくのはいつのもことだ。
計画はいつも通り、滞りなく実行されるだろう。
「じゃあ、詳細は追って連絡するわ!二人とも連絡先教えてー。」
クリームパンを食べながら彼が器用にポケットからスマホを取り出す。
スマホのケースには彼が応援しているサッカーチームのロゴシールと懐かしい教育番組のキャラクターのキラキラ光ったカードが入っている。
咲夜君と輝月さんもそれぞれスマホを取り出し、連絡先を交換しはじめた。
もしかしたら、咲夜君は連絡先を交換することを嫌がるかもしれないと思ったが、そんな仕草は微塵も見せずに快く応じている姿に僕は小首を傾げた。
二人の個人情報を手に入れた松田は上機嫌で、鼻歌混じりにスマホを操作している。
間も無く机に置いていたスマホが震え、パッとライトが点灯した。
【松田蒼がグループに招待しています】と表示されている。
「グループ誘っといたから、みんなちゃんと登録しといてな!」
「……勝手にグループまで作るな。」
「いいじゃん。この方が便利だし。」
いつものように唇を尖らせる松田を「気持ち悪い」と赤羽が一蹴する。
もちろん赤羽のスマホは鳴らない。
放課後にその件に関してもちゃんと咲夜君に対応してもらわないと……。
クラスメイトの話し声が雑雑と響き渡っていた教室に、ふとボールを蹴る乾いた音が聞こえてきた。
飼い主の声に反応する犬のように、松田が椅子から立ち上がり窓枠から身を乗り出す。
右手にはメロンパンが握られていて、左手にはパックジュースを持ったままだ。
松田に突き飛ばされそうになった赤羽もつられるようにグランドを見ている。
「おーい!なにやってんの!」
グラウンドに向けて大声で叫ぶ。
僕もちらとそちらを覗き込むと、数人の男子生徒が制服のままサッカボールを蹴り合っている。
広々とした校庭には彼らだけで、その余白や乾いた風の色、揺れる桜の花が、彼らの自由と青春の一ページを彩っている。
「サッカー!松田も来いよ!」
「行くいく!!ちょっと待って!すぐ行くから!」
「人数足りないから赤羽も連れてこいよー!あともう一人!」
「オッケー、任せろ!」
残りのメロンパンを無理やり口に詰め込み、ジュースで流し込むと、まだ手をつけていないおにぎりとパンをビニールに入れ直した。
ほっぺたがハムスターのように膨れて、もごもごと動いている。
「俺は行くとは言ってない。」
「言ってないけど、行くんですー。ほら、咲夜君も行こうぜ!」
「私は……。」
明らかに退け腰の咲夜君の腕を軽く叩く。
「行っておいでよ。」
「輝月は兎於菟と一緒にここから応援してあげるー。」
全てのお弁当を綺麗に平らげた輝月さんが頬杖をついて、焦る兄の姿を面白そうに見ている。
妹と僕にせっつかれて、咲夜君と赤羽は若干の抵抗は見せつつも結局は松田に連れていかれてしまった。
しばらくすると、グラウンドに三人が現れた。
飽きもせず、うち二人は何かいい争いをしているようだ。
周りが宥めにかかっている様子に思わず笑ってしまったが、輝月さんは呆れたようにため息をついた。
「お兄ちゃん大丈夫かなぁ?」
「大丈夫大丈夫。ほら、始まるみたい。」
松田がテキパキとチームを分けていく。
そうすると、するすると人が二手に分かれていった。
なんだか、こういうゲームを見たことがある。緑の毛が生えたキャラクターを指示してゴールに向かわせるゲームだ。
古いゲームだけれど、松田は知っているだろうか?
チームが完全に二つに分かれると、赤羽と咲夜くんが意図せず同じタイミングでこちらに視線を投げてきた。
僕と輝月さんが両方に手を振って答える。おそらく二人は同じタイミングでこちらを見たことに気がついていない。
そして二人は同様に頷き、正面を向く。
松田のよく通る声がグラウンドに響きわたる。
それを合図にボールは軽やかにグラウンドを駆け、一気にあたりが騒がしくなった。
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