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チャイムの音が鳴り、それぞれが自分の席に座る。
僕の席の横の窓からはお決まりのようにグラウンドが見える。
退屈な授業の暇つぶしにはぴったりだった。
「はい、席に着く!席につくぅ!」
佐藤先生が出席簿を片手で掲げながら入ってくる。
生徒たちは雑談の声を落とし、少しづつ静かになった。
目線は先生の後ろにつづいている二人の学生に注がれている。
ちらりと赤羽を見てみたけれど、もちろん後頭部しか見えなくてどんな顔をしているのかはわからなかった。想像はつくけれど。
「はい、おはようございます。」
「おはよーございます。」
うちのクラスメイトは相変わらず小学生のような挨拶を返す。
そもそもお決まりの挨拶に知的な雰囲気を纏わせるのは難しいか。
「はい、みんなにも見えていると思うけど、転校生を紹介します。色々あって今日からクラスメイトになるわけだけど、みんな仲良くしましょう。えと、じゃあ。兄から。」
兄からと言われて、少し伏せていた目を持ちげた咲夜君と目があった。
「今日からこの学校に通います。咲夜・クルスと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
彼が遠慮がちに微笑む。
目線はこちらに向けたままなので、その微笑みを僕が独占してしまった。
僕に微笑んでどうする。
それでもあまり心配なかったようで、女子生徒が落ち着かないようにざわつき始めたのを、先生が下手な空咳で静かにさせた。
「私は輝月・クルスですー!よろしくお願いします!わからないこと沢山あるから、教えてくれると嬉しいな。趣味は食べることです!」
輝月さんが明るく挨拶し、手を振る。主にこちらに向けて全力で手を振っているので、思わず少し振り返してしまった。
手を振りかえした僕は見て、彼女は満足そうに手を下ろす。
先ほどとは逆に男子生徒が落ち着かないのは、女子生徒と同じ理由だろう。
「はい、じゃあ席は。もうわかってると思うけど、来栖くんの横と前でお願いね。わからないことあったら周りの人に聞いてくださいなっと。」
輝月さんが元気よく返事をし、背負ったカバンを揺らしながらこちらに向かってくる。
その後ろを静かに咲夜くんがついてきた。
クラスメイトの熱い視線が相変わらず二人に集まっている。
自分が見られていないことはわかってはいつつも、なんだか居心地が悪い。
せっかくの眺望が望める席も、自分の周囲が視線の的になるのならばあまり意味がない。
「私、兎於菟の隣ー!よろしくね。」
僕の席の右側に座った輝月さんがにこりと微笑む。
「何かあればすぐにお申し付けください。」
前の席には咲夜君がいて、椅子を半分こちらに向けている。
「ああ、えっと、よろしくね。」
僕はどう反応すればいいのかわからず、とりあえず当たり障りのない挨拶を返して二人に笑いかけたが、どう考えても自然な受け答えではなかった。
「輝月ちゃんて、来栖君と知り合いなの?」
「クルス君もそんな感じなん?なんか執事みたいな話し方してるし。あ、咲夜君て呼んでいい?このクラス、クルス三人もいるし。」
クラス中から質問が飛び交う。
それを皮切りにいろんな質問がそこかしこから飛び出し、先生の空咳がまた教室内に炸裂した。
「ん、んー!!!!コホンコホン!そういった質問は休み時間にしなさい!今は朝のホームルームです!さっさと終わらせて、先生を職員室にもどしてくれるかなぁ?」
先生は今日の欠席者と、いくつかの予定の変更を告げた後、二人に手招きをして職員室に戻っていった。
さっきのようにごねることはしなかったけれど、先生の跡をついていく輝月さんはやっぱり不満そうだった。
「ねぇ、来栖君は二人とは知り合いなの?」
輝月さんの前の席の女の子が遠慮がちにこちらを向いている。
昨日、赤羽のことを見ていた生徒だ。
今日は髪をポニーテールにしていた。
僕は彼女を見返して、そのまま黙り込む。
彼女が困ったように笑った時に、ハッとした。
まさか僕に話しかけているとは思わず、慌てて無難な返事を返す。
「ああ、えっと。そんな感じかな。」
普段教室で話しかけられることがあまりないから(昨日のような異例自体は除く)、完璧に油断してしまっていた。
そりゃあ、いきなり転校してきた美形の双子が知り合いだというなら話しかけたくもなるだろう。
他の生徒も転校生に夢中なようで、彼らがいなくなった瞬間、教室の中はこの二人の話題で持ちきりになった。
「へぇ、親戚とか?来栖君のお家って美形家系?二人ともとっても、綺麗でびっくりしちゃった。」
僕は彼女の感嘆の声に、笑顔を返した。
あまり無駄なことを言わないほうが良い。
二人が学校内でどういう立ち位置で僕と接したいのか聞いていないうちは変な設定は作りたくない。
彼女は自分が喋りすぎたと思ったのか、少し頬を染めたあと「いきなりごめんね。」と言って、昨日と同じようにスマホに目線を落とした。
「あの双子は風紀を乱すよ。まったく。」
赤羽が僕の席の前に立つ。
彼は腕を組んで不機嫌そうに目を顰めていた。
彼の不機嫌な態度に反して教室の内は二人の賞賛で溢れている。
彼は一瞬、咲夜君の席の椅子に手をかけたけれど考え直して窓の桟に腰を預けた。
「ライバル意識燃やしてるの?」
「燃やしてない。」
「イケメンは大変だね。」
「他人事だな。」
「他人事ですから。」
「来栖も、あの双子に追いかけ回されるようになれば嫌でもわかるようになるだろうな。」
そう言って、咲夜君の席の椅子をほんのちょっとだけ蹴飛ばした。
「……昨日のこと、話せそうか?」
少し間を保たせた後、小声で呟く。彼はこのことを早く聞きたかったんだろう。
「なんだかすごい話だったけど、かいつまんでいくつかなら。どうする?放課後に少し話す?」
「……。」
彼は僕の目をじっと見て、しばらく考え込んだ。僕が嘘をつくと思っているんだろうか?
「そうだな。あの双子も交えて話が聞きたい。聞かせたくないことはあいつらが止めるだろ。」
教室のざわつきは止まず、興奮気味な声音が僕らの些細な会話をかき消していく。
「そういえば、あの二人双子だったんだな。」
「僕も知らなかった。」
呆気に取られたような顔をする彼に、言い訳のように言葉を繋げる。
「話す時間がなかったの。」
チャイムが鳴る前に、教室の扉が開く。
現国の先生がそろそろ授業が始まることを告げ、生徒たちは各々自分の席に戻っていった。
双子はまだ帰って来ない。
僕は机から教科書とノートを取り出した。
蹴飛ばされて少し不恰好になった咲夜君の椅子を整えてあげて、僕は二人が帰ってくるのと授業が始まるのを待った。
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