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「帰りましたか。」

「うん、帰ったよ。赤羽のスマホ、ちゃんと弁償してあげてね。」

「あれは完全にお兄ちゃんのせいだもん。アカバネくんが可哀想ー。」

「だが……いや、私が悪かった。後日、しっかりと謝罪いたします。」

「そうだよ、私にも謝ってよ!」

「なんでお前に謝るんだ……。」

「私アカバネくんに、濡れ雑巾?被せられたもん。ひどいよ!」

「濡れ衣な。」


妹に嗜められて、言い訳したい言葉を飲み込んだお兄さんは居心地悪そうに揃えた足を正し直した。


「ええと、じゃあ、どうしよう。どこから聞けばいいかな。もしかして僕たち知り合い?小さい頃にあったことがあったっけ?」

「結論から言いますと、その通りです。」


記憶の中のいろんな場面をひっくり返しても、こんなに目立つ双子の記憶はない。


僕が本当に小さい赤ん坊の頃の記憶だったらさすがに覚えていないかもしれないが。

僕は記憶の持ちが良い方で幼稚園くらいからの記憶ならほとんど完璧に覚えている。

幼稚園にも、小学校にも、施設にも。


どの記憶にも双子の肖像は見当たらない。


「ごめん、全然覚えてないみたい。もしかして、生まれた病院が同じとか?」


流石にそれなら記憶に無い。


「いえ、知り合いですが、小さい頃の話ではありません。」


彼はそこで言葉を切った。


言葉を切るのは、その後の言葉が重要だからか、到底信じられないことを言うからだろう。

心理的な作用も相まって、この場の沈黙が長く感じる。

さぁ、早く言ってくれ。

この場に駆け引きは必要ない。


それとも、許し?


「私たちが出会ったのは、旦那様が大人で私たちが子供の頃です。」

「はぁ。」

「……はい。」

「兎於菟の外見は二十代後半くらいだったんじゃないかなぁ?輝月たちもまだ十歳にもなってなかったと思う。」

「なるほど。」


一旦頷く。

なるほど、結構インパクトの強い話だったが、思っていたよりも想定内の話だ。


「落ち着いていますね。驚きませんか?」

「もっと途方もない感じかと思っていたから。どっかの王族の隠し子で遺産バトル・ロワイアルに巻き込まれるとかそう言う感じ。」

「私の話の方が、途方もないような気がするのですが……。」


「確かにそうなんだけど、なんか地に足ついた血生臭い話よりは未来の展望がある話なんじゃないかと思って。」

「未来の展望……?」


きっと、彼らは未来人なんだ。


というのが、さっきお兄さんの話を聞いて僕が考えた結論だ。

ということは、僕が何かしら未来で事件を起こしたか、死亡した未来を変えたくてこの子たちは未来から来たことになる。

ということは、それはまだ起こっていなくて、僕が二十代後半になるまでにはしばらく時間がある。

今日明日に裏組織に狙撃されて死ぬというわけではなさそうだ。


「ごめんね、でも僕いつもこんな感じだから。お兄さん、嘘ついてる感じでは無いし。でも詳細は知りたいかも。僕、将来何か大事件に巻き込まれて死ぬの?それか何かとんでもないことの犯人になっちゃったとか?国家転覆罪とか?だから世界を変えるために二人はタイムトラベルしてきたんだよね?」


「いえ、あの、違います。」


違うのか。


「兎於菟はね、吸血鬼なんだよ。」


あまりにも単刀直入な言葉がぶすりと僕の脳髄に突き刺さる。


僕が「吸血鬼」だと。


吸血鬼?吸血鬼ってなんだったっけ?


「え?!吸血鬼?吸血鬼ってあの?!僕が?!」

「……先ほどよりも驚いておられますね。」

「だって吸血鬼だよ?!タイムトラベルは科学だけど、吸血鬼はファンタジーの生き物だから!」

「ファンタジーじゃないよぉ!兎於菟は吸血鬼だもん。ここにいるじゃん!」

「ここにいるけど!」


輝月さんが不服そうに頬を膨らませる。

確かに、僕はここにいる。


でも、ここにいる僕は「来栖 兎於菟・十六歳・高校生」であり、それ以上のカテゴリー分けは必要ないと思って生きてきた。

まさか「来栖 兎於菟・十六歳・高校生」以前に、人間かどうかのカテゴライズが必要だったとは、この地球に住んでいる「人間」と呼ばれる生物のほとんどが認知していないはずである。

ノーベル賞も驚きだ。

世界の常識がひっくり返ってしまう。


「旦那様、大丈夫ですか?」

「あ、ごめん。どうぞ続けて。」


どうぞ続けて。


では無い。

やはり吸血鬼は突飛すぎる。

おそらく何かの比喩に違いない。


僕はもう一度彼に確認をすることにした。

「吸血鬼」が本当は何を意味するのか、これをしっかりと把握しておかないと、今後の話し合いに深く影響を及ぼしてしまう。

漫才師のすれ違いコントのような茶番は嫌だ。


「もう一回確認していい?僕は吸血鬼なの?」

「はい。」

「そう言ってるじゃん!」

「でも、僕ニンニク食べられるし。」

「吸血鬼の弱点がニンニクなのは、小説の中だけです。」

「キリスト教の学校に通ってる!十字架を見ても怖くない!」

「それはそうでしょう。後付けの設定ですから。」

「日光の下も歩けるよ。普通に夜に寝るし。」

「それも物語上の吸血鬼の設定の一つに過ぎません。ブラム・ストーカーが描いた吸血鬼も日光の下を歩きますよ。」

「小豆の数も数えたくならないし……。」

「なんでそこまで細い設定までご存じなんですか……?」


お兄さんが目を眇める。

僕も自分がこんなことまで知っているとは思わなかった。

ネットか何かで拾い読みしたに違いない。


「それにほら!僕、血を飲んだことないよ。飲みたいとも思わないし。」


あれ?本当にそうか?


「それに銀製品にだって触れられる……。」


僕は金属アレルギーだ。


何に反応しているのかちゃんと健診を受けたことがないからわからないけれど、時々金属が触れた場所が火傷した時みたいに赤く腫れる時がある。

でも、それが銀だとは限らない。


「だって、それにイケメンじゃないし。吸血鬼って顔が綺麗なんじゃないの?あと、コウモリに変身できるとか、それから……」


それから、それから……。


そうだ、もっとあるはずだ。

心臓の音が大きく鳴る。

何を怖がっているんだ、僕は。何をそんなに緊張しているんだろう。

指先から少しづつ熱が抜けていく感覚。

頭の中の熱は指先と同じくだんだんと冷えていき、思考がクリアになっていく。

でも、それは今の僕が望んでいることではなかった。

真夏の下にずっと立っていた時のように、頭の中を不透明な靄の中にずっと浸しておきたかった。

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