第2話 吸血鬼の取り扱い説明書
「わー!広い広い!写真で見てたのよりずっと広い!」
何か不穏な単語が聞こえた気がする。
結局あの後、あの場所にいたメンバーに家に来てもらうことにした。
喫茶店で話すにしてもまた赤羽とお兄さんがケンカしたら大変だし、うちなら多少暴れてもらっても問題ない。
広いとは言っても年季が入っていて、とても綺麗だとは言えない家だ。
おまけに僕は掃除が苦手だし、整理整頓も得意じゃないし。
玄関先に積み上げられたチラシの束が、なんだか急にやましく感じられて、見つからないように足でこっそり下駄箱の裏に追いやった。
輝月さんは「広い広い!」と言いながら廊下の奥へ消えてしまった。
まぁ、見られてまずいものは無いから、いいか。
「失礼いたします。輝月、大人しくしろ!」
「お邪魔します。本当に広いな。」
「広いだけが取り柄ですから。ボロ家だしね。電気つかない部屋もあるし。」
そもそも、取り壊し寸前の家だったのを家主さんのご厚意で格安でお借りしている家だ。
何かあってもどうせ取り壊すし、好きなように使ってくれていいと言ってもらえている。なんてありがたいんだろう。
こちらとしては、雨風が防げて、誰にも蹴られずに畳で大の字になれるだけで幸せだ。
「はぁ、にしても。家が寺の真横とは……。というか、ここ。寺の敷地内じゃないか?」
「キリスト教の高校に通ってても、実家が仏教の人多いじゃん。」
「まぁ、そうだけど。いや、そうだけど何か違う気がするんだよな。」
赤羽が眉間に皺を寄せて言葉に詰まっている。
このなんと言えばいいかわかりづらい矛盾が、真っ直ぐな性格の彼には飲み込めないようだ。
そりゃあ、この制服を着てお寺の立派な門をくぐっていく人間を見たら、変なものをみたと思うに違いない。
赤羽が来ている制服のジャケットにはステラを模したような飾り布が制服の襟元からジャケットの下まで伸びている。
それに、ポケットには白百合をかたどった校章とアイビーの刺繍が金色の糸で仕立てられている。
いかにも、な制服だ。
「確かに、ちょっと変かも。」
他人が自分の家の玄関を通る姿を見て、気がついてしまった。
赤羽が小さくため息をつく。
仕方ないじゃないか、自分の姿は自分では見えないんだから。
「とりあえず、居間に集まってもらって。そこでゆっくり話そう。」
そこで一瞬考える。
「何を話すのかわからないけど。」
パタパタと元気な足音が近づいてくる。
部屋のパトロールが終わったのか、輝月さんが興奮したように跳ねながら玄関まで戻ってきた。
「ねぇ、ねぇ!兎於菟、ここ空き部屋がたくさんあるね!」
「まぁ、一人暮らしにしては広すぎるからね。」
「お兄ちゃん」は僕の靴と赤羽の靴、それから妹さんの靴と自分の靴、その他の靴を几帳面に並べ直している。
「私とお兄ちゃん、ここに住んでもいいかな?」
「はぁ?!」
赤羽のこんな声は初めて聞いた。
今日は彼のいろんな一面を見られる日だ。
彼が驚きで倒れてしまう前に、居間に行って座らせよう。
「よくわからないけど、そのことも含めて居間で話そう?」
居間には年季の入った畳が敷かれていて、その上にさらに年季の入った丸いちゃぶ台が一つ乗っかっている。
以上。
これが我が家で一番広い部屋だ。
「綺麗にされていますね。」
「何もない。」
「ここなら三人で川の字になって眠れそう!」
三者三様の意見に、深く頷く。
とにかく一貫して言いたいのは、きっと「何もなさすぎる」ということだろう。
「男子高校生の一人ぐらしなんて、こんなものだよ。お茶持ってくるから、ちょっとまってて。」
「旦那様、私が……!」
「あ、お兄さんも座っていてください。お客さんなんですから。」
「いえ、私は。」
「お兄ちゃんしつこいよー!」
「輝月!」
お兄さんは手伝おうとしてくれたが、流石に命の恩人にお茶を入れてもらうわけにはいかない。
お兄さんを宥めながら、居間に引き戻している輝月さんに感謝しつつ、台所へ続くガラス障子を開ける。
ドタバタしてまだきちんとお礼も言えていない、あとでちゃんと言葉にしないと。
それから、もし何か俺ができることがあるのなら形にしてお礼がしたい。
謝礼金は、あまり出せないかもしれないけれど……。
情けなさに、心のなかでほろりと涙が流れる。
「お茶、どこにあるんだ?」
「あ、赤羽。いいよ、赤羽も座ってて。お客さんなんだから。」
「怪我人が言うな。手伝うから。ティーセットはどこにある?」
台所も居間同様、ガランとしている。
某国外アニメの猫とネズミが走り回っても問題ないくらいのスペースが無駄に確保されている。僕は冷蔵庫を指差した。
「……普通の一人暮らしの男子高校生の住居に、来客セットなんてありません。麦茶かコーラ、どっちがいいと思う?」
「俺が悪かったから、目線でいじけるな。」
赤羽が冷蔵庫から麦茶とコーラのペットボトルを出している間に、僕はお盆に人数分のグラスを並べた。
お盆にはグラス二つと湯呑みとマグカップが並んでいる。
「お椀でなかっただけましだと思って。」
「俺は何も言ってない。」
赤羽はそう言って、500mlの麦茶とコーラとグラスが乗ったお盆を居間へ運んで行った。
何か食べるものがあるほうがいいかもしれない。
普段あまり甘いものは食べないから、輝月さんが好きそうなものはないかもしれないけど……何かあるはずと棚を漁っていると、食器棚の横から「厚焼きピーナツ煎餅」の袋を発見した。
この間大家さんからもらったものだ。
アレルギーがない限り、この素朴な味を嫌いな人はいないだろう。
僕は間違いのない選択としてピーナツ煎餅の袋をつかみ、
人数分の大小揃わないお皿を持って居間へ戻った。
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