−6
女性の声がする。赤羽の肩越しに白い足首が見えて、誰かが立っていることがわかった。見上げようとすると、先に立ち上がった赤羽が彼女の前に立ち塞がって、彼女の姿は見えなくなってしまった。
「これは、君のせい?」
「え?」
「今、やりすぎだって言ってただろう。俺たちは銃か何か、わからないけど確かに狙撃されたんだ。君は何か知っているみたいだけど。」
赤羽の影から抜け出そうともがいたら、足で無造作に押し戻された。
「えぇと、私のせいかっていえば違うと言えば違うし、そうと言えばそうなの。でも悪気はなくて、ちょっとした誤解?というか。」
「誤解?」
「おい。」
また別の声が聞こえる。
落ち着いた男性の声。
でも少し怒っているような、興奮を抑え込んでいるような緊張感が声の端々に滲み出ている。
「そこを退け。」
「は?」
「退けと言ったんだ!」
彼が赤羽の肩を掴む。
女性の焦った声が聞こえる。
どうにか静止しようとしているようだけれど、ここから見えない火花がチカチカと散っているのがここからでも感じられる。
「断る。もしかしてと思ったけど、君たち朝の事故とも関係あるんじゃないか?」
朝の事故?
「だったらどうした。」
目の前の影が薄くなる。
赤羽が彼に掴みかかったようで、僕は足で作られた即席の鳥籠からなんとか出ることが出来た。
そして、そのままゴロンと地面に転げる。
地面に顔を擦り付けるのは今日で二回目だ。人生でそんなに地面に顔をくっつけることはないだろうから、人生の貴重な体験を今日で半数は終えてしまっているはずだ。
「赤羽、落ち着いて!」
「コラ!ちょっと!お兄ちゃんってば!!」
「君は離れていて!」
「そこを退けと言っている!」
「ちょっと二人とも!これ以上騒いだら、手を出すからね!本当にいいの?!」
「輝月、お前な!」
頭が電気を通ったように痺れた。
強い、静電気みたいな。
思い出せ、思い出せ。
僕はこの字列の言葉を聞いたことがある。
しかも、つい最近。
倒れた体を起こして、取っ組みあっている二人と、二人を止めようとする女性を見上げる。
金色の髪。
背中まで伸びた金色は、ところどころ髪がぴょこぴょこと跳ねていて、ひよこのしっぽみたいな癖毛が頭のあちらこちらからチラチラと見えている。
前髪には赤いピンを留めていて、大きな丸い瞳がよく見えた。
空のような、透き通るようなガラス色。
夕日の光を受けて鮮やかなオレンジが瞳に滲み出す。
まるで春そのもののような彼女の光は黒のタンクトップや羽織った薄いパーカーで抑えられていた。
長い足に張り付いていそうなスキニーパンツを履いていて、動きやすい格好をしていてもすらりと伸びた手足とスタイルの良さがよくわかる。
そして、褐色の肌と黒髪の彼。
癖毛なのか髪が緩くウェーブしていて、前髪は少し長く、目にかかりそうになっている。
隠れている目元は彼女と同じく、透き通るように綺麗な水色だ。
ただ彼女と違うのは、彼の目元は鋭く緊張感があり、彫像のような風貌が彼を見るものを萎縮させる。
彼も彼女と同じような動きやすそうな格好をしていて、黒のパーカーにライトブルーのストレートジーンズを履いているが、パーカーを目深にかぶっている分、赤羽が警戒を強めてしまう気持ちもわかる。
「あ!朝の人たち!」
「兎於菟!よかったー!会いたかったよー!!」
女性はこちらを振り返ると、ケンカしている二人を放り出て抱きついてきた。
いきなりのことにそのまま地面に転げ落ちる。
これで今日三回目の地面だ。
「あの、朝の方ですよね。」
「兎於菟、怪我してる!痛そう……。」
全然質問には答えてくれていない。
彼女は首に巻かれているカラーを撫でて、もう一度僕を抱きしめた。
今度は儚いものを包み込むようにゆっくりと。
「ちゃんと守ってあげられなくてごめんね。」
その声がとても懐かしかった。
子供が親に縋るような、許しと愛情を乞う弱々し声。
大丈夫だと安心させてやりたい。何も心配することはないと。
僕は彼女の頭にそっと手をやり、頭を撫でた。そうするのが当然だと思った。
柔らかい髪が手の平をゆっくりと滑って、手にその触感が伝わってくる。
砂を踏む硬い音がして、目線を上げる。
赤羽を振り払った褐色の彼が、肩を怒らしてこちらを睨んでいる。
「輝月!旦那様に不必要に触るんじゃない!」
「嫌だ!早いもの勝ちだもん!お兄ちゃんがケンカなんかしてるから悪いんだ!」
「嫌だじゃない!」
「おい!来栖に近づくな!」
輝月と呼ばれた女性は僕から離れる気配がなく、ますます拘束が強くなっている。「お兄ちゃん」は随分とお怒りだし、赤羽はこの二人から僕を引き離そうとしてくてれいてる。
誰が正義かどうかとか関係ない。
全員が全員の主張を強調するのでもう収集がつかなくなっているし、だれも終着地点がわからない。
「あの!」
苦し紛れに左手を上げる。とにかく、この三人に共通している点を利用するしかない。
自惚れていると言われても知ったことか!
「僕の、言うこと。聞いて欲しいんですけど。」
視線が一気にこちらに集まる。
「聞いてくれたら、嬉しいなぁ……なんて。」
見上げる空はシアンとマゼンダが混ざり合う、一日の終わりの一瞬の輝きを放つ時間が終わろうとしていた。
キャンパスに布をかける時間がやってきたのだ。
美しいものを美しいままにしておくために。
三日月のような指先が、ゆっくりと黒地のビロードを手繰り寄せる。
閉じていく記憶の断片を、誰にも気づかせないように。
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