第7話 隠された手紙

埃を払いながら見つけた小さな木箱を手に、僕は興奮と不安が入り混じった気持ちで家に帰った。木箱の中に入っていた手紙は、確かにもう一通のものだった。これが全ての謎を解き明かす鍵になるだろうと、心の奥底で確信していた。


自宅に戻ると、まずは丁寧に手紙を広げた。古びた紙は非常に繊細で、ほんの少しでも乱暴に扱えば崩れてしまいそうだった。手紙には、前回解読されたものと同じく「佐代子」の名前が書かれていた。そして驚くべきことに、最初の手紙よりもはるかに多くの部分が読める状態で残っていた。


僕は手紙を前にして、じっくりと内容を読み解き始めた。


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**「圭介様、**

この手紙をお読みいただいている頃には、私はもうこの地を去っているでしょう。戦火の中であなたと共に過ごした日々は、私にとってかけがえのないものでした。しかし、真実を隠し続けることが私にとってどれほど辛いことか、あなたには想像もつかないことでしょう。


私が名乗っていた『佐代子』という名は、本当の私ではありません。本当の名前は『美代子』。あなたにはどうしても伝えたかったのですが、恐怖と絶望の中で、それを告げる勇気がありませんでした。


私がこの名前を使い始めたのは、戦争が激化し、私の家族がすべてを失ったときでした。敵国に情報を渡すスパイとして追われ、逃げるために名前を変え、あなたに助けを求めました。それでも、あなたに嘘をつき続けたことは、私の生涯で最も大きな罪です。


圭介様、どうか私を許してください。私が去った後、この手紙をあなたのもとに届けてくださる方がいるでしょう。その時には、もう私たちが過ごした時間も遠い記憶の中に埋もれてしまっているかもしれません。


それでも、あなたにだけはこの真実を知ってほしかったのです。私が命をかけて守ろうとしたもの、それはあなたの信じていた理想でした。あなたの作品が、私にとって唯一の希望でした。


どうか、私のことを忘れないでください。

**美代子より」**


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手紙を読み終わると、僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。美代子は「佐代子」という偽名を使い、スパイとしての過去を隠して生きていた。そして、伊藤圭介との関係の中で、彼女はその秘密を一度も明かすことなく、逃亡を続けていたのだ。


手紙には、圭介への深い愛情と、それと同じくらい強い罪悪感が綴られていた。彼女は戦争の混乱の中で、自分の本当の名前を隠しながら、伊藤圭介との絆を守り続けた。そして、その苦しみがこの手紙に凝縮されていたのだ。


これで全ての謎が解けたと思った。だが、同時に新たな疑問が浮かび上がった。なぜこの手紙は祖父の蔵に隠されていたのか?祖父はこの事実をどこまで知っていたのか?そして、圭介は美代子の秘密を知った後、どうしたのか?


僕は再び祖父に話を聞くため、家を訪れることに決めた。これまで曖昧な記憶の中に埋もれていた事実が、祖父の中でどのように残っているのかを確かめるために。


家に着くと、祖父はいつものように穏やかな笑顔で迎えてくれた。しかし、その笑顔の裏に、何かを隠しているような表情があることに気づいた。


「おじいちゃん、見つけた手紙を読んだよ。美代子さんのこと、知ってた?」


祖父は少しの間沈黙し、やがてゆっくりと口を開いた。「美代子さん…ああ、彼女のことか。私は彼女のことをずっと覚えているよ。彼女は圭介さんの一番の支えだった。でも、彼女が本当の名前を隠していたことは知らなかった。あの戦争が終わった後、彼女は一度だけ私を訪ねてきて、絵と手紙を託してくれたんだ。それがこの手紙のことだったんだね。」


祖父の目に涙が浮かんでいるのを見て、僕は言葉を失った。祖父が持ち続けてきた秘密、そしてそれを託した美代子の思い。すべてが今、繋がり始めていた。


「彼女は、最後に何か言ってた?」


祖父は頷き、静かに答えた。「『私の名前を守ってください』って。それが彼女の最後の言葉だった。」


その言葉を聞いた僕は、美代子の生きた時代と彼女の持っていた重荷を思い、胸が締め付けられるような思いに駆られた。


この手紙と絵に隠された物語は、戦争によって歪められた美代子の人生そのものだった。彼女が抱えていた秘密と、それを守り抜いた祖父の存在。すべてが繋がり、僕の中で一つの大きな物語が形を成し始めていた。


しかし、この物語にはまだ続きがあるはずだ。僕は、全てのピースが揃った今、これをどのように終わらせるべきかを考え始めていた。

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